マンネリカップルの危機。



爽汰の前に出来たてのご飯を並べると、爽汰はテレビを見たままあたしの方を一度も見ずに箸に手をつける、


前は2人で会話しながらご飯食べたっけなぁ……。


って……さっきから昔と比べてばっかだ。


別に爽汰とあたしの関係が変わったわけじゃない。

あたしは爽汰が好きだし、爽汰もあたしを好きでいてくれてる……はず。


だけどやっぱり……


「春菜」

「……へ?」

「醤油、ある?」


……何か寂しい。




そこであたしはさっきユカに言われたことを思い出す。

……あたしからアピールするんだっけ。

好き好きアピール……。

最近好きなんて言ってないからな……。


「あ、あの、爽汰……」

「んー?」


テレビを見ながら爽汰が返事をする。

……ちょっとはこっち見てよ。


「爽汰、す……すっ、」

「酢じゃなくて醤油だって」

「……はい」


醤油ですか、ああそうですか。

分かりましたよ、持ってきますよ。


醤油をテーブルに置き、次のチャンスを伺う。


どうしようかな……。


「……?
何?俺の顔に何かついてる?」


あまりにもじっと見過ぎたのか、爽汰が不思議そうな顔をしながらこっちを見た。

やっと見てくれた……!

ちょっと感動しながら口を開く。


「あのね、爽汰!好きだよ!」


ストレートに想いを伝えてみた。

ちょっとドキドキしながら爽汰の返事を待つ。

すると……


「違うよ、これはキスだろ」

「……は?」

「キス。言われなくても分かるって。
俺、キス好きだし」


……どうやらご飯に出した魚のキスを言い間違えたと思われたらしい。

そんな言い間違いしないわ!

あたしの勇気を無下にすんな!


……とは言えず、ただ黙ったままご飯を食べる爽汰を見つめる。


はぁ……。


「……お風呂沸かしてくる」


あたしは心の中で盛大に溜息をつきながら部屋を出て行った。


次の日。

いつもは朝ご飯作ってから着替えるけど、今日はちょっとでも長く小綺麗なあたしを見せようと、着替えてメイクを済ませてから料理を始めた。


ちょうど作り終えた頃に爽汰が起きてくる。

そして、いつもと違うあたしの姿を見て少しだけ不思議そうな顔をする。


「何?今日出るの早いの?」

「え?いや、いつもと同じだけど……」

「そう」


それだけ言うと、座ってご飯を食べ始める爽汰。

おはよう、すら無しですか。


「あ、そうだ。爽汰、これ」

「何?」

「今月ちょっとヤバいって言ってたから。お弁当作ってみた」


これでちょっと女子力を見せる!


「珍しいな、春菜が弁当作るなんて」

「たまにはいいでしょ?」

「…あ、ジャムなくなった」

「………………」


すでにお弁当から視線を写し、ジャムの瓶の中を覗いてる爽汰さん。

……それほどお弁当に興味はなしですか。


「次はいちごじゃなくてマーマレードにして」

「……はいはい」


はぁ……。

結局、朝はいつもと変わりのない感じだった。

でも、まだまだこれから……。


ちなみに昨夜のキスの件を昼休みに電話でユカに話したら大爆笑された。

……あたしにとっては笑い事じゃないんですけど。


好きという言葉を言い間違えだと思われるって何事よ。


付き合ってるんだよね?

あたし達、仮にも付き合ってるんですよね?


『もうこうなったら襲いかかるしかないわね!』


ユカはそう言ったけど、この状態で襲いかかっても酔ってると勘違いされそうだわ。


「はぁ……」


どうしたもんか……。


会社からの帰り道。

あたしはちょっと可愛いルームウェアを買ってみた。

スウェットじゃなくて、今日からはこれを着て過ごす!

そう心に決めて今日の晩ご飯のおかずを考えながら歩いていた。


「西崎?」


すると、不意に誰かに名前を呼ばれた。

慌ててキョロキョロ周りを見回せば、スーツを着た若い男性がこっちを見て軽く手を挙げた。


「横田君!」

「やっぱり西崎だ。久しぶり」

高二の時同じクラスだった横田君は、あの頃よりも顔立ちが少し大人びていた。

一度だけ告白されたけど、その時にはもう爽汰と付き合っていたので丁重にお断りした記憶がある。


「今会社帰り?」

「うん。横田君も?」

「そうだよ。
……にしても、本当に久しぶりだな。
西崎、何か綺麗になったな」

「ちゃんとお化粧してるから」

「ははっ、そっか。
うん、でも本当に綺麗になったよ。
大人になったって感じ」

「ありがとう」


誰かに褒められたのって久々だな……。

いつも家でダラけた格好をしてるから、可愛いなんて言葉は爽汰に言われなくなったし。

……でも、それも昨日まで。

今日から変わるんだから!


「西崎ってまだ爽汰と付き合ってるの?」

「そうだよ」

「あー、そうなんだ。
残念だな。フリーなら俺が彼氏に立候補しようと思ったのに」

「またまたー」


冗談めかして言われたので、あたしも同じような感じで返す。


「いや、でもマジで綺麗になったよ。
それは本当」

「綺麗、なんて滅多に言われないから嬉しいよ」

「爽汰が羨ましいよ。
あの時もそう思ってたけど」


あの時……多分、あたしが横田君を振った時。


「でも元気そうでよかった。
最近同級生にあんまり会わないからさ」

「あたしも最近会ってるのってユカぐらいかなー。
後は全然会ってないや」

「社会人になるとなかなか会えないよな」


そう言って横田君は笑う。


「西崎に会えてよかったよ。
爽汰とも仲良くやってんだろ?」

「え、……うん。まぁね」


ちょっとだけ肯定の言葉に間が空いた。

そこに横田君は気がついた。



「え……何、うまくいってないの?」

「そういうわけじゃ……。
ただちょっと……うん」

「あぁ……ごめん。
俺が深く聞くことじゃないよな」

「いや、こちらこそ……ごめんね」


何だか気まずい雰囲気になってしまった……。


「あ、そうだ。これ」

「え?……名刺?」

「そ。何かあったら連絡して」

「何か……?」


あたしが首を傾げると、横田君は小さく笑った。


「例えば、爽汰とケンカしたとか。
俺がいつでも慰め役になるよ、なんてね」

「ありがとう」

「いえいえ。じゃあ、またな」

「うん、バイバイ」


あたしは横田君の名刺しまうと、家へ向けて歩き出した。

「ただいまー」


横田君と話してたらちょっと遅くなっちゃった。

急いでご飯作らなきゃ。


「おかえり。遅かったな」

「ごめんね、すぐご飯作るね」


ちょっと雑にバックをソファの上に投げてエプロンをつける。


「いいよ、食べてきたから」

「え?あ……そっか」


後ろで結びかけていたエプロンの紐から力なく手を離す。


「それとさ、明日から帰るの遅くなる。
だからしばらく夕飯はいいや」

「しばらくって……どれぐらい?」

「とりあえず今週はいいや」


一週間……。

あたしは頭の中にカレンダーを思い浮かべる。

確か次の日曜は付き合い始めて9年目の記念日。

……忙しいなら、どこにも行けないかな。

日曜は昨日みたいに一日寝てるだろうし……。


「あと、弁当もいいわ」

「え……美味しくなかった?」

「そういうわけじゃ……。
何とかなりそうだから、今月。
わざわざ作らなくても大丈夫」


……爽汰は目をそらしながらそう言った。


「そっ……か」


……ウソついてる証拠。

爽汰はウソつくときは決まって目をそらす。


やっぱ美味しくなかったのかな……。

味付けはおかしくなかったはずだけど……。


「それとさ、春菜。
今度の……………ん?」


何かを言いかけた爽汰が突然しゃがみこんで紙きれを拾い上げた。

あ……あれ……。


「名刺?」


あたしがバックを投げたときに落ちたんだ。


「………横田?」


その名前を口にし、爽汰は顔をしかめた。


「横田って……あの横田?」

「うん。さっきたまたま会ったの」

「……それで遅くなったわけ?」

「ちょっと話してたから。
………爽汰?」


爽汰はそれ以上は何も言わずに名刺を持ったまま寝室へと向かう。


「え、もう寝るの?」

「………疲れたから」

「そっか……おやすみ」

「…………おやすみ」


バタンと閉められた扉。

…………………。

……本当に寝るんだ。

いつもの時間よりまだ早いのに……そんなに疲れてるのかな。