マンネリズム

一定の技法や形式を反復慣用し、固定した型にはまって独創性や新鮮さを失うようになる傾向。

by 広辞苑


「だって。
今朝調べてきた」

「だって、じゃないよ」


ユカが呆れたような声を出す。


「そんなもん調べてる暇あるなら、何か改善しなさいよ」

「ユカに正確に伝えなきゃと思いまして」

「そんな正確さはいらん」


ユカが小さく溜息をつく。


「……で?
調べてみて当てはまったわけ?」

「小難しく書いてあるからよく分かんないけど。
まぁ、新鮮さはないよね」

「そりゃ10年も付き合ってたら新鮮さもなくなるわ」

「10年じゃないよ。
まだ8年。もうすぐ9回目の記念日。」

「似たようなもんよ」


そう言うとユカは通りかかった店員さんを呼び止め、コーヒーのおかわりを注文した。


「付き合い始めの頃はあんなにラブラブだったのにね。
高一の頃だっけ」

「うん。もうあれから9年だよ。
あたしも25になっちゃったよ」


早かったなー……。

学生時代なんてあっという間に過ぎ去ってもう社会人だもん。



「同棲始めたのっていつからだっけ」

「社会人になってちょっとしてから。
2年前だっけ、あれ3年?
分かんないけど、それぐらい」

「あの頃はまだ爽汰君は春菜にゾッコンだったわよね」

「あの頃はって……まるで今は違うみたいな……」

「だから今日あたしを誘ったんでしょ?」

うっ……そうです。

ユカに相談するために誘いました……。


「マンネリねぇ……。
やっぱりいつもとは違った刺激が必要だと思うのよ」

「例えば?」

「たまには春菜が爽汰君に好き好きアピールしてみるとか。
夜の方を春菜から積極的に誘ってみるとか」

「あたしから……ね」

「まぁ、それが難しいんだったら普段の生活から改めたら?
どうせいつも家ではすっぴんだろうから、たまにはちょっとオシャレしてみるとか」


……確かに。

最近家ではすっぴん、スウェット、ボサボサ髪だからな……。

色気の欠片もない。


よくよく考えてみれば、夜の方もご無沙汰だし……。


あんな格好じゃする気になれないのも当然。


……よし。


「あたし、頑張ってみる!」



ユカと別れて家に帰る。

うまく行ったらなんか奢ってね、と帰り際に言われた。

ちゃっかりしてるわ。


「ただいまー……」


ドアを開けて中に入ると、リビングには電気がついてなかった。

……もしかしてまだ寝てる?

もう夕方になるのに……。


バッグを置き、寝室として使っている部屋のドアノブを握ろうとしたら、手が空を切った。

あれ、と思っているとドアが開けられて目の前に白いTシャツが見えた。


「ん……春菜?」

「おはよ……よく寝てたね」

「昨日は帰ってくるの遅かったからなー。
……あれ、どっか行ってた?」

「ユカと会ってきた」

「そっか」


そう言うと爽汰はアクビをしながらリビングへと入っていく。

少し襟元がよれたTシャツ。

そしてスウェット。

まさに寝起きの格好。


同棲し始めた頃は休みになると2人でよく過ごしてた。

遊びにいったり、家でゆっくり過ごしたり。

それがだんだんとなくなっていって……今じゃこんな感じ。


高一から付き合って約9年。


新鮮さなんてとうの昔になくなった。


「春菜ー、何か食べるもんある?」

「あー、うん。今作る」


爽汰はソファに腰掛け、リモコンを手に取りテレビをつけた。


キッチンから見える爽汰の様子。

テレビを見ながら時折笑い声をあげる。


昔はよくあたしに向けてくれた笑顔。

最近爽汰があたしを見て笑ってくれたのっていつだろう……。

……思い出せない。


そういえば最近の会話って「ご飯何?」が主な気がする……。


前みたいにくだらないこと言って笑い合うことはほとんどなくなった。


あれ……もしかしてこれって結構ヤバい?



爽汰の前に出来たてのご飯を並べると、爽汰はテレビを見たままあたしの方を一度も見ずに箸に手をつける、


前は2人で会話しながらご飯食べたっけなぁ……。


って……さっきから昔と比べてばっかだ。


別に爽汰とあたしの関係が変わったわけじゃない。

あたしは爽汰が好きだし、爽汰もあたしを好きでいてくれてる……はず。


だけどやっぱり……


「春菜」

「……へ?」

「醤油、ある?」


……何か寂しい。




そこであたしはさっきユカに言われたことを思い出す。

……あたしからアピールするんだっけ。

好き好きアピール……。

最近好きなんて言ってないからな……。


「あ、あの、爽汰……」

「んー?」


テレビを見ながら爽汰が返事をする。

……ちょっとはこっち見てよ。


「爽汰、す……すっ、」

「酢じゃなくて醤油だって」

「……はい」


醤油ですか、ああそうですか。

分かりましたよ、持ってきますよ。


醤油をテーブルに置き、次のチャンスを伺う。


どうしようかな……。


「……?
何?俺の顔に何かついてる?」


あまりにもじっと見過ぎたのか、爽汰が不思議そうな顔をしながらこっちを見た。

やっと見てくれた……!

ちょっと感動しながら口を開く。


「あのね、爽汰!好きだよ!」


ストレートに想いを伝えてみた。

ちょっとドキドキしながら爽汰の返事を待つ。

すると……


「違うよ、これはキスだろ」

「……は?」

「キス。言われなくても分かるって。
俺、キス好きだし」


……どうやらご飯に出した魚のキスを言い間違えたと思われたらしい。

そんな言い間違いしないわ!

あたしの勇気を無下にすんな!


……とは言えず、ただ黙ったままご飯を食べる爽汰を見つめる。


はぁ……。


「……お風呂沸かしてくる」


あたしは心の中で盛大に溜息をつきながら部屋を出て行った。