二人の間に重い沈黙が流れる。それは数秒にも満たない時間だったが、沈黙を破るに長い時間を要したように思えた。 姫巫女に慌てる様子はない。
「貴方は私を殺めることはできません」
姫巫女の透き通る声は闇に溶けるように消えたが、意思の強さは矢のように鋭い軌道で桃太郎の心を射ぬく。
「どうやら肝は据わっているらしいな」
姫巫女の迷いのない一対の瞳は桃太郎はを捉えて離さない。桃太郎は鞘へと刀をおさめると警戒を少し緩めた。
「俺が女は殺せないと思ったのか。はたまたそんな細身の身体で俺を倒す気でいるのかはわからないが。どちらだ?」
姫巫女は静かに首を横にをふる。
「私には鬼から刻まれた"印"があります。その力は私をあらゆるものから守ります。たとえ、私自身からも」
「鬼の印だと!?」
思いがけない言葉を聞き桃太郎は目を見開いた。背中を汗がつたう。姫巫女は躊躇いがちに口を開いた。
「鬼の花嫁に刻まれる"印"です」
代々の鬼の頭領だけ刻むことのできる花嫁の"印"。それは大切な世継ぎを産む花嫁の身体を、全ての事象から守るために刻まれる。"印"を刻まれた花嫁は病に倒れることも傷がつくこともない。
「私は自ら命をたつことも出来ぬ身。故に、貴方は私に傷一つすらつけられないのです」
「"印"を刻めるのは鬼の中でも高位の鬼だけだ。お前はどの鬼に"印"を刻まれた?」
先程からのえもいわれぬ嫌な気を姫巫女から、その印から感じ、桃太郎は戦慄した。
「鬼の頭領、閻魔の息子。名を」
続く言葉は2人の口から同時に発せられた。
「「紅蓮」」
重なった言葉に、姫巫女と桃太郎は驚いた表情を見せる。それはまるで鏡のようで、互いにそのことに気付き、姫巫女の方は見開いた目を閉じた。
「ご存知の通り、私に印を刻んだたのは鬼の頭領、閻魔の息子紅蓮(ぐれん)」