予言の刻より約十七年前。
年老いた優しき老夫婦は、一人の幼子を胸に抱いた。 それは桃から産まれた男児。鬼ヶ島にいる鬼を退治する伝承の子。名を、桃太郎と名付けた。
そして桃太郎が産まれた同刻。一人の赤ん坊が鬼の住みかで産まれた。鬼達は歓声をあげ、島中が鬼の熱気で満ちる。
鬼の頭領、赤鬼の閻魔(えんま)の子。いずれは鬼達を統べる新たな頭領の誕生に、閻魔は大きな口を三日月にして笑う。赤子を抱き上げると、天へ捧げるかのように赤子を持ち上げた。
「我が鬼子こそ世界の支配者!喜べ!天よ、地よ、崇めろ人間のグズどもよ!同胞達よ、世界はじきに我ら鬼のものだ!」
閻魔が叫び終える瞬間、稲妻が光ると同時、轟音とも呼べるほどの地雷が鳴る。雷は薄暗い鬼ヶ島を一瞬だけ照らし、赤ん坊の黄金の瞳が妖しく煌めいた――
そして時が戻り十七年後。
世の中は鬼と人間が世界の統治権をめぐり、激しい戦いを繰り広げる戦乱の世と化していた。
決着がつくまではけして終わることのない戦いに、辟易する人々。
そんな中、陰陽師で名を馳せる久世神の巫女、姫巫女(ひめみこ)が神のお告げを夢にみたという。
“赤い月が満ちし夜、邪を祓えば業(ごう)は滅ばん”
邪を、祓う。姫巫女は目を覚ますと、掛け布団をはね除け蝋燭に火を灯した。そして漆黒の長い髪を軽く束ねると、着ていた寝巻きを脱ぎ捨て、巫女服へと着替える。
旅支度を整えると、姫巫女は直ぐに玄関へ向かった。下女が物音に気付いたのか、外へ出ようとする姫巫女を呼び止める。
「姫様!まだ外は暗く、日も昇っておりませんのに何処へ行かれるのですか」
「神からの御告げを、予知夢を見ました。行かねばなりません」
「貴女様は久世の血を引く尊きお方。外界などに出て何かあれば久世の血が途絶えます。さもすれば神の御告げがならず、神の怒りを買いますよ、姫様!」
止める下女を振り払い、禁じられていた外界へ飛び出す。拍子抜けするほど簡単に外界に出れてしまい、姫巫女は今までの恐ろしさはどこにいったのかと不思議なくらいだった。
お告げが降りた彼の者の住まう地へと足を運ぶ。脳裏に焼き付いた、あの鬼の顔が瞼の向こうに見えた気がして、姫巫女はかぶりをふった。
『俺が世界を手に入れた時、それはおまえが俺の物になるときだ。覚えておけ、姫巫女よ』
額に刻まれた巫女の"印"
そして背中に刻まれた鬼の花嫁の"印"
姫巫女は熱く疼く2つの印を思い、再び足を進めた。