「申し訳ありません」

 たったこれくらいのことも乗り切れない。辛くてしようがない。一人でいた時の方が、感情に左右されず、楽だった。

「何で謝る。そんな悲しいことを言うな。謝らなければならない事でもしたのか? 何もしていないのに謝るな」
「はい。でも、やっぱりこうゆう日常には気持ちがついて行かなくて、無理です。自分の身分もわきまえず、すみません。人の視線が怖いんです。部長に釣り合わないから、私……」
「身分とか、身の程とか何のことだ。釣り合うってなんだ? 俺が決めるんだ、それがすべてだ。何があっても俺はお前を離さない、お前は俺の心安らぐ居場所なんだ」

 更に強く抱きしめた。もう何度目だろう。こうして抱きしめられるのは。その度に今日子を縛り付けている鎖が解かれていく。こんなにも強く思われているのに、弱い自分が情けなくなる。今日子は、自分の殻を破るために決心をした。

「部長、私、やっぱり、お買い物をしてきます。ここで待っていてくれますか?」
「何を言っている。お前と一緒じゃなきゃ意味がない。傍から離れるな」
「でも……」
「周りの視線が気になるなら、俺に抱き着いて離れるな」
「それじゃ、歩けませんよ?」

 後藤の言葉に笑みがでた。

「やっと笑ってくれたな……それを待っていたんだ。俺が、いつもお前に笑顔を与えるから、だから笑うんだ、いいな? ああ、但し、俺の前限定だけどな」

 また強引な後藤の言葉に、今日子は微笑、頷いた。

「ごめんなさい。いつもこんな風で、何とかしようと思っているんですが、心がついていかなくて」
「か弱いくらいが、俺の立場が上がっていいだろ? 気にするな。林、ちょっと俺を見ろ」

 言われた通り、後藤を見つめると、泣き顔を他の奴に見られたくないからと、大きな手で今日子の顔を包み、涙の後を指で拭った。
素直に、疑いもせず、まっすぐに泣きはらした目で見つめられ、後藤は参る。キスをしたい衝動にかられ、必死で抑える。
自分が呼吸を整えたいくらいだ。と後藤はぼそりと言う。