「部、部長……?」

 周りに気づかれないように平然を装う。
あれだけ部署の面々に囲まれていた男が、いつその輪から抜け出したのだろう。周りは確認したはずだった。

 「今日は帰らせないぞ、久しぶりなんだ」
 「あの、ちょっと酔ってしまって帰りたいのですが」

掴まれた腕をやんわりと振りほどこうとするが、大きな手で抑えられ動けない。
今日子は、周りに悟られないように身を捩る。

 「嘘だろ? 乾杯のビールしか飲んでないだろ」
 「私はアルコールに強くないので」

 何とか掴んだ手を離そうとするが、もがけばもがくほど後藤の掴む力は強くなる。

 「あの、手を……」
 「離さない。そこで大人しくしていろ」

主役である後藤が今日子の側にいれば、視線が集まる。
それが怖い。
戸惑いが顔に出て、視線を店内にいる部署の面々に向け、きょろきょろとしてしまっている。
そんな今日子のことなどお構いなしに、後藤の表情は至ってクールなままだ。

 「あの……困ります。どうぞ、お戻りください」
 「飲み会の度に1時間で抜け出している、昔とちっとも変わらないんだな」

今日子の話など、全く聞かず、後藤は話を進める。

 「……」

 今日子は、見抜かれていたことに驚いた。抜け出していたことではない、時間を把握していたことにびっくりしたのだ。
入社当時から仕事を指導してもらってはいたが、それ以上の関係や気持ちは全くない。ましてやランチ、飲み会、などにも全く接点はなかった。それなのに今のこの状態は何なのだろう。考えが及ばず動揺してしまっている。