昼休みになり、今日子はお弁当を食べようとするが全く喉を通らない。心臓もずっと動悸が治まらない。原因を聞く為に医務室へと向かった。

「先生、こんにちは。ちょっとよろしいでしょうか?」
「あら、林さん、いらっしゃい」

植草は、 診察の椅子を差し出す。

「あの、先生。私、食事が全く喉を通らなくて……でもお腹が空かないんです。それに動悸が激しくて……。どうしたんでしょう?」
「いつから?」
「さっきです。お昼休みにお弁当を食べようとしたら、その状態で」
「林さん。あなた男性とお付き合いしたことは?」
「ないです」
「じゃあ、男性を好きになったことは?」
「ないです」

当たり前だという風な返事をする。

「ぷっ、それ恋煩いよ」

今日子のきょとんとした顔がおかしくて、植草は、噴き出す。

「え!?」


表情の乏しかった今日子が、目を見開いて驚いている。

「恋をしたのね。相手は後藤さんね?」
「そ、そんな。まだ、部長が戻られたの先週ですよ?それに私みたいな……」

ますます動悸が激しくなり、両手を心臓にあてる。

「時間は問題じゃないの。出会いはいつも突然なのよ。恋はね、林さん、落ちるものなの。とてもいいことよ? 女性は恋をして綺麗になっていくの」
「綺麗に?」
「そうよ? 見せかけの作りものではない本当の綺麗さを身に付けていくのよ? 後藤さんはあなたに何か言ってない?」
「何かって、言いますと?」
「告白よ。あなたを好きだという」
「え!?」
「何も言ってない?」

告白よりもその先に後藤は態度で表してきている。
それを、どう受け止めるか、今日子が分からないでいるだけだ。

「……はい」

今日子は、ゆっくりと頷く。

「林さんはどうなの?」
「分かりません。何故、私なんですか? 綺麗で部長につり合う人は他に沢山いるはずです。何故……?」

分からない。これが率直な答えだ。

「まあ、林さんにしてみればそれが当たり前の答えよね。人にはそれぞれ好みというものがあるわ。後藤さんは林さん、あなたが好みなの。顔も、性格もね。でも、あなたを見ていると、もう答えが出ているように見えるわ。後藤さんに押されず、自分の気持ちに素直になって、答えを出してちょうだい」

植草が言うように、今日子の状態を恋煩いと言うならば、もう後藤に気持ちがあるのかもしれない。
しかし、傷つくのが怖くて、そこに飛び込んでいく勇気もない。
人と深く接すれば、必ず傷つくことがある。それを今日子は恐怖のあまり一線を越えられない。足元にはいつもボーダーラインが引いてある。ここから先はアウト、踏み入れてはならないと言い聞かせて生きてきた。そのお蔭で、なんら中傷も受けずここまでこれた。この安心感はもう変えがたいものになっている。後藤はそこに入り込んでくる。突き放すことが今日子にとって幸せなのか、受け入れることが幸せなのか。この答えは誰が出さなければならないのだろう。