「…でも」
彼の顔は、見ないようにしていた。
「でも、もう、会わないです。あたし、あなたが思ってるような女じゃない。きっと」
彼が、音楽を止めた。
前方を見据えたままで、聞き返す。
「どういう意味?」
「…そのまんまです」
「全然わかんない。俺が彩乃ちゃんをどんな女だと思ってるか、わかんの?」
「…それは、」
具体的にはわからないけど、そんなふうに好きだなんて言ってくれるのだから、きっと、あたしを買いかぶってるに違いない。そう思ったのだ。
「…わかんないですけど、でも、とにかく」
「ちょっとごめん、黙ってて」
彼はそう言ったかと思うと、カーナビを操作して、またすぐに車を走らせ始めた。
それは、土地勘のないあたしにもわかるほど、来た道とは全く別のルートだったので、あたしは混乱する。
「え?あの…」
「ちょっと待ってて」
彼はそう言って、黙々と車を走らせる。
あたしはそれ以上何も言えなくなり、ただ彼の運転に身を任せていた。
20分ほど走らせたところで、彼は車を止めた。
「ここ…?」
運転してる間、彼は再び音楽を再生することはなかった。
そして、彼も何も喋らなかったので、車内には重たく張り付いたような沈黙が色濃く残っていたけれど、あたしが質問すると、ようやく少しだけ空気が軽くなった。
「公園、かな。よくわかんないけど。とりあえず車停めたかっただけだから」
怒っているというトーンではなかったけれど、どちらかといえば冷たさが滲む、少なくともこれまでの、あたしに話しかける彼の声とは少し違う、いつもよりも低い、平坦な声。
彼はそれだけ言うと、窓を少し開け、煙草に火をつけた。