携帯を拾ってくれたときの、彼のことを思い出す。

「で、渡しそびれたものの、それからまたどうしたらいいかわかんなくて。かと言って、困らせたいわけじゃなかったんだ。だからやっぱり返さないと、とは思って、そのまま駅に向かった。あそこ、駅まで一本道じゃん?だから、まぁ駅に行ったんだろうなってのは予想ついたから。そしたら、公衆電話に彩乃ちゃんがいて」


少し緊張しながら押した、自分の電話番号。それに出た、彼の声。
二週間近く前の出来事が、鮮明に思い起こされる。

「その後ろ姿、遠くから眺めながら、電話に出た。で、また今度は、どうしたらいいかわかんなくなって」
「…そんなふうには、見えなかったけど…」
「いや、わかるよ。俺、嫌な感じだったじゃん、絶対」
「…はい。すごく」

あたしが正直に言うと、彼は大きな声で笑った。

「うん、だろうね。ごめん。けど、必死だったんだ。ただの携帯拾ってくれた人で終わらないためにどうしたらいいか。どうすればもっとちゃんと印象に残るかなって考えながら話してたら、あんなんなっちゃって。テンパりまくってたんだ、マジで」