「…はい」

急いで出たとか、今か今かと着信を待ち兼ねていたとか、間違ってもそんな空気が微塵も漂うことのないように、あたしは慎重に言葉を発する。
たぶん、うまくいったと思う。

「あ、良かった!出た!」
「…なんですか?」

受話器から聞こえる声のトーンが、それだけであたしに彼の笑顔を思わせる。
やっぱり、ちょっと可愛いんだよね、こういうの。
なんて思ってしまったことも、決して滲ませないように、あたしは平坦なトーンで話すことに意識を集中させる。

「なんですか、じゃないでしょー。まさか忘れてないよね?明日!」
少しがっかりしたように、彼の声のトーンが一段階下がる。
電話だと、見えていないのに、実際会っている時よりもよく表情が見える。
それはたぶん、実際会っている時は、あたしが彼の顔を直視することが殆どないからだけれど。


「覚えてます」
「マジで!良かった!ごめんね、連絡遅くなっちゃって。ちょっと仕事で。もうちょっと早く帰れる予定だったんだけど」
「大変ですね」
「…ん。ありがとう」

あ、たぶん今は少し照れてる。