そういえば、あたしは拓真の周りにいる人のことを、あまり知らない。
よく飲んでいる、翔太くんという友達のことは話題に出るから知っている。
だけどそれ以外は、家族のことも、これまで付き合ってきた女の人のことも、知らない。

拓真には、あたしのことは話しているのに。


そこまで思い至って、あたしは気付いた。
あたしが、聞かないからだ。
あたしのことだって、拓真から聞かれたから答えたのだった。

何も知らないから、怖い。
それは、拓真と付き合う前がそうだったように。
これまでの拓真の背景を知らずに、疑いだけかけるのは、違う。

拓真を信じたい。
そう思って、踏み出したんだから。

「…ごめん、陽菜。あたし、帰る」
「今から、行くの?」
「…うん。ごめん。久しぶりなのに」
「いいよ、全然。気になっちゃうよね。早いとこちゃんとした方がいいよ」
「ありがとう」

あたしは、ココア代を財布から出そうとしたけど、陽菜がそれを止めた。

「いいよ。早く行きな?」
「…でも」
「いいって。餞別。っていうか、応援?ってことで、奢る!」

にっこり笑ってピースをする陽菜に、あたしの冷汗をかいた心が少し和む。

「ありがと!」

お礼を言いながら、あたしは店を出ると、駅へ向かって駆け出した。