「今のあんたをマジョさんと呼ぶやつがいたら、あたしがひどいめにあわしてやるから」
 完成した作品を前にして、北条は満足そうな声で言った。
 メガネがないと、伸ばした手よりさきはぼやけて何も見えない。心許なくてしかたない。髪はふんわりまとめられているが、耳のわきに垂らした髪がまっすぐで、それが信じられなくて、美紀はすべすべの髪を何度も手ですいた。さらさらのロングヘア。はねもない髪の毛は、完璧に美紀の理想そのものだ。
 背中がすうすうする。大きく背中のあいたデザインのうえ、腕もひざ頭もすっかりのぞいたドレスは、シンプルだが上品で、質のよいものにちがいない。足下には、エナメルのような光沢のあるハイヒールが、照明を照り返していた。歩きにくいが、背筋がすっと伸びるような気がした。
 この格好で、背中を丸めて下を向くことはできない。前をまっすぐみつめて、高く顔を上げて歩くのがふさわしい装いだ。
「お姫様、今夜はあんたが一番きれいよ」
 北条が美紀の手をとった。おせじがくすぐったかった。
「あら、素直に受け取っておきなさい。半分以上は本当だもの」
「あの」
「さあさあ、おしゃべりする相手はあたしじゃない。足下に気をつけて。王子様のお迎えだわ」
 階段を降りていくと、誰かが下で待っていた。ぼんやりとしか見えない。目を細めて、美紀は手すりをたよりに降りていった。あと数段というところで、ひとつ踏み外し、よろけてしまった。てすりをつかみそこねて、美紀はつんのめった。
 転んでしまう。目をきつくつぶったとき、しっかりと抱き止められて、美紀は目を開けた。スーツを着込んだ肩のあたりに顔をうずめてしまっている。
「社長? ありがとうございます」
 何も言わないのはおかしい。いつもなら、からかわれるか、それとも一言ちくりと嫌みでも言いそうなものだけれど。顔をあげた美紀は、吹き出した。おばけでも見たような顔だ。
「大丈夫?」
 戸惑ったような、聞いたことのないやさしい声が落ち着かない気分を呼び起こす。美紀は腕をつっぱねるようにして、彼から離れた。
「社長こそ。もう行かないと間に合いませんよ」
 空は暗くなりつつある。腕時計を確認して、明は頭をかいた。 
「本当だ。急ごう」
 北条が店の外まで出て見送ってくれた。口は悪いが、手をふる気さくさはなんだか好ましかった。助手席のドアを開けてもらったことなど、初めてだ。明はどうやら、メガネをかけていない美紀を気遣ってくれているようだった。
「社長、あの、貴重な経験をさせていただいて、ありがとうございます」
「なんのこと?」
 明はつまらなそうに言った。
「仕事だよ、これは。言ったろう、特別の手当も出すって。きみは、今夜はおれの恋人になってもらうから。それ相応の装いもしてもらわないと」
 シートベルトをしめる音と、美紀の胸の鼓動がぽんと一つ大きくはねたのが重なった。
「恋人?」
 明はうなずいた。
「言わなかった?」
「聞いてません!」
 美紀は声を上げた。