彼は愛しい声で私の名を呼ぶ。
「奏乃、こっち向け。」
「……。」
恥ずかしくて葉月の方を向けない。
「寝たフリ悪かったって。
だから、こっち向け。顔見えない。」
「………。」
私が葉月の甘い声に
弱いことを知っていて
葉月はこんな甘い声を出すのだろうか。
そんな声で頼まれたら、
聞かざるを得ないじゃないか。
「俺も、愛してる。」
葉月が私の腰を引き寄せた。
「むぎゅ…。」
「「あ……。」」
私達の間から
呻き声のようなモノが聞こえる。
あ、起きちゃう。
てゆうか、潰れちゃう。
「は、葉月…歌音(カノン)起きちゃうよ…。」
「平気だろ。まだ起きない。」
間にいる歌音に構わず、
葉月は私に顔を近付けてくる。
「おかあさん…。」
ピタッと葉月の動きが止まった。
「おとうさん…。」
2人して固まった。
「せまいよ…つぶれちゃう…。」
ホラ、やっぱり起きちゃった。
私は即座に葉月との距離を取った。
「ごめんね歌音。お母さん寝相悪くて。」
まだ眠そうな歌音を私はあやす。
「ん…おかあさんギュウして…。」
私は言われた通りに、
歌音を抱き締める。
すると、その上から
葉月が私共々歌音を抱き締めた。
「フフ…おとうさんもおかあさんも
あったかーい。」
ニコニコと笑う歌音に
思わず笑みが零れる。
「歌音、まだ寝てて大丈夫だよ。」
私は歌音の頭を撫でた。
「うん…ねむい…。」
「お休み、歌音。」
「おやすみ…。」
「お休み。」
葉月の言葉を最後に、
歌音は再び眠りについた。
「歌音…可愛いね。」
可愛らしい寝息を立てる歌音は、
もうじき5歳になる。
早いものだ。
歌音が生まれてもう5年も経つのか。
「可愛いって…
そりゃ奏乃の子だからな。」
「私は葉月の子だからだと思うけど…。」
「んじゃ俺達の子だからだな。」
「あ、そうだね。」
自分の子供って、
こんなに可愛いものなのか。
知らなかったな。
「今日はたまの休みだし、
寝れるまで寝てようよ。」
出来るなら、もう少し。
「それも良いな。」
この幸せを、味わいたい。
「お休み、葉月。」
♯朝日♯ end
「おかあさんおかあさん!」
「え、どうしたの?歌音。」
「きょう、"ばれんたいでー"だよね!?」
カレンダーにはわたしがつけた
あかいまるがある。
わすれないように、
しるしつけといたの!
「うん、そうだよ。 」
おかあさんはニッコリわらう。
わたしのおかあさんは
すごくきれいなの。
おとうさんもすごくカッコいいの。
「おかあさんは、
おとうさんにチョコあげるの?」
「え?」
だってきょうは"ばれんたいでー"。
「さくらちゃんがね、
"ばれんたいでー"はすきなひとに
チョコわたすひなんだよって
いってたの!」
「桜(サクラ)が?
優杏が教えたのかな…それ…。」
さくらちゃんは、
ようちえんがいっしょで
とってもなかがいいおともだち!
さくらちゃんの
おとうさんとおかあさんは
わたしのおとうさんとおかあさんと
とってもなかがいいの!
「だからね、おかあさんはおとうさんに
チョコあげるのかなぁって!
ねぇねぇ、わたすの?」
「………え。」
「だって、"ばれんたいでー"なんだよ?
おかあさんは
おとうさんがすきなんでしょ?
チョコあげないの?」
「…あ、上げるよ?」
「じゃあ!やっぱりおかあさんは
おとうさんがだいすきなんだね!」
「…そ、そう…だよ(汗)。」
ふふ、
やっぱりさくらちゃんのいったとおり。
「あ!だったらわたしもあげなきゃ!」
いけないいけない!
わすれるとこだった!
「え?歌音、誰かにチョコあげるの?」
「うん!かえでくんにあげるの!」
「楓(カエデ)に?歌音、楓が好きなの?」
「うん!大好き!!」
かえでくんは、
さくらちゃんのおにいちゃん!
わたしとさくらちゃんは
ねんちゅうぐみで、
かえでくんは、ねんちょうぐみ!
いっこかえでくんはうえなの。
「でねでね!さくらちゃんは
れいるくんにあげるって!」
「えぇっ。桜が黎琉(レイル)に?」
れいるくんはかえでくんとおないどし!
ねんちょうぐみで、
とってもなかがいいの。
わたしとさくらちゃんみたいにね、
ずうっといっしょにいるんだよ。
「さくらちゃんね、
れいるくんがすきなんだって!
びっくりしちゃった!」
「…私もびっくり。」
だってれいるくん、さくらちゃんに
たくさんいじわるするのに。
いじわるなれいるくんがすきだなんて!
ホントにびっくり!
「それで…
歌音は楓にあげるんでしょう?」
「うん!」
「何をあげるんだっけ?」
「チョコ!」
「そのチョコはどこに在るの?」
「………………お、おかあさぁぁん…。
わ、わたし…チョコもってないよぉ…
グスッ。」
「…(肝心な所は考えてないのか)。」
「ど、…どうしようっ…おかあさん…。」
「んー…そうだねー。じゃあ、
このチョコ持っていきなさい。」
おかあさんは、
おおきなれいぞうこをあけて
ピンクのふくろをもってきた。
「これね、
昨日お母さんが作ったチョコ。
今日はこれを持っていきな?」
「え!でもわたしが
このチョコもってったら、
おとうさんのチョコが…。」
そうだよ。おかあさんはおとうさんに
チョコあげなきゃいけないのに…。
「大丈夫!冷蔵庫にまだあるから!」
「………ほんと?」
「本当!」
「でも…
わたしのつくったチョコじゃない…。
かえでくんにわたせないよぉ…。」
さくらちゃん、
じぶんでつくるってゆってた。
じぶんでつくったチョコじゃなきゃ
だめなんだよきっと。
「んーそれは、大丈夫なんじゃない?
また今度ちゃんと歌音が作ったチョコを
挙げれば良いでしょう?」
「………そうかなぁ…。」
「そうだよ!とりあえず今日は
お母さんの持っていきな?
楓に好きって言わなきゃ!
その為にはチョコは必要不可欠!ね!」
「………わかった!
おかあさん、ありがとう!」
「ホラ、じゃあ早く支度して!
幼稚園に遅れちゃうでしょ?」
「はぁい♪」
おかあさん、やさしい!
おかあさんもだいすき!
「おはようせんせー!」
「あら歌音ちゃん、おはよう。」
ようちえんつくと、
せんせいにあいさつするの。
「じゃあ、今日も宜しくお願いします。」
「はい。」
「またねおかあさん!」
「ん。またね?」
おかあさんとはようちえんで
1かいバイバイするの。
おひさまがオレンジになると、
またむかえにきてくれるの!
「かのんちゃーん!」
あれ?だれかによばれた。
「あ!さくらちゃん!おはよう!」
うしろにいたのは、
さくらちゃんだった。
「ね、ね!チョコ、もってきた!?」
さくらちゃんは、すっごくかわいい。
そして、こえがちょっとおおきいの。
さくらちゃんがきてるってことは、
もうかえでくんもいるんだね。
「うん。もってきたよ。」
「さっきねんちょうぐみみてきたの!
そしたらね、
もうれいるくんきてたの!」
「う、うん?あげるの?チョコ。」
ちょっときょうのさくらちゃんは
いつもよりこえがおおきい。
「それがね、あたし…
チョコもってくるのわすれたの!」
「えぇ!?」
じゃあどうするの!?
「だからあたし…
きょうはすきっていわないの!」
「そ、そうなの?」
さくらちゃん、チョコがないと
すきっていえないのかぁ。
「だから、あたしのぶんも!
かのんちゃんに
がんばってもらいたいの!」
「えぇ!?」
「じゃああたし、
おにいちゃんよんでくる!」
「さ、さくらちゃん!」
…いっちゃった。
どうしよう。わたし、
もうかえでくんにチョコあげるの?
なんていうか、まだきまってないのに。