Diva~見失った瞬間から~


「私は……歌って、良いんですか…?」


「馬鹿かお前。どうしてくれんだ?

ここ3年、お前以上の歌手が居ねぇから

俺の仕事は全然つまんねぇ。」


「え?俺らはー?」


「バァカ。

ケイに勝てる奴なんて居ねぇよ。」


「ひでー。」

葉月君と柚唯君の緩い会話は、

私の耳には届かなかった。


「奏乃。お前が居ねぇ音楽界なんて、

歌姫が居ないステージだったぞ。」


「……。」

嘘でしょう?


「寧ろ、俺から願ってたぐらいだ。

また、お前がステージに立つ日をな。」

嘘でしょう…?


「奏乃。どこでも良い。

もう1度、歌ってくれよ。」

あなたは、私を受け入れてくれるの?


「わ、私、あんなに…勝手に…っ。」


「あ?あー、確かに勝手に辞めたよなー。

けどまぁ、

お前がまた歌うなら許してやるよ。」

こんな幸せ、私が感じて良いの?



「ホラ…、カナ。」

私は後ろに立つ葉月君を見た。


「言った通りだろ?」

その笑顔は、眩しいくらいに綺麗で。


「カナは、歌っても良いんだよ。」

でも。

私にはその笑顔が見えなくなってきた。


「皆…カナに歌って欲しいんだから。」

私の頬を

止めどなく私の温かい涙が伝うから。


「ね?社長さん。」


「当たり前。」

涙は、止まらない。


でもこれは、悲しい涙じゃ無い。

でもこれは、苦しい涙じゃ無い。

でもこれは、寂しい涙じゃ無い。


これは、嬉しい涙なんだ。


「カナ。泣きすぎ。」

その温もりはグイッと、

頬を撫でて私の涙を拭う。


「奏乃。」

柚唯君の声。


「お前は、俺らの歌姫なんだよ。」






相澤奏乃。16歳。現役女子高生。

今、スタジオに居ます。


「だぁー!何で分かんないかなぁー!!」


「少なくともお前よりは理解してるし。」


「はぁ!?何それ!」


「事実だろうが。」

因みに今日はスタジオBである。


まぁ、いつものように私と葉月君、

翡翠君もここに居るんだけど。


そんな私達3人を気にすることなく

優杏と碧眞君は口喧嘩中。


「良いじゃん別に!これでもさぁ!」


「これでも、

っつってる時点で駄目だろーが。」

何故に

彼らが揉めているのかと言いますと。


「何で!?絶対ここはこれでしょう!?」


「何が絶対なんだか。

さっきはこれでもっつってたくせに?」


「こんの屁理屈ヤロー!」


「俺は理屈が通ってるだけだけど。」

駄目だ、

彼らの言い合いから原因が出てこない。


えっと、何故かと言うと。

来月?だったかな。

Canzoneがライブやるらしく。


それのステージの

デザインだかレイアウトだか

とにかく意見が合わないらしい。

かれこれ10分はこの調子で。


「奏乃ごめんなー。

折角来てくれてんのに、

いつも煩くてさー。」


「え、ううん。

賑やかで良いんじゃないかな。」

ビックリした。


今普通に話し掛けてきた翡翠君。

先週に、

なんと7股掛けていることが判明。


言い感じのお兄さんだと思ってたのに…

かなり残念な気持ちになった。


本人曰く「皆可愛いじゃん?」らしい。

意味不明だったけど。






で、何で私が

今ここに居るのかと言うと。

柚唯君が「勉強しとけ。」とのこと。


私をCanzoneに置いて何をしたいのか、

私にはさっぱり分からないけど。


柚唯君のことだから

何かやってくれている。

って、私は勝手に思っている。


正直…Canzoneというこのバンドは、

私にとってとても居心地が良い所だから

私からすればここに居て、

この人達の音楽を聴けるのは嬉しい。


Canzoneの歌は…

何か懐かしいモノを感じて。

心が暖かくなる、気がする。


Canzoneの歌…メロディもだけど、

葉月君の歌声が。






「奏乃ぉー!セイがぁー!!」


「うわっ…。」

また勢いよく私に抱き付いてくる優杏。

可愛いけど、ちょっと苦しい。


「おい奏乃。こんなのに構うな。

お前にも馬鹿が移るぞ。馬鹿が。」

何で2回言ったんだろう。


「ちょっと!馬鹿って何!?」


「あぁー。うるせー。」

2回言ったことに腹を立てたのか、

馬鹿と言ったことに腹を立てたのか。


まぁとにかくこの2人の言い合いに

終わる様子は見られないなぁ。


ホント、ここ賑やかで楽しい。




私がここに、Canzoneに戻った時。

私は皆に

Divaのことを話さなければと思い

葉月君に支えられながら話した。


皆の反応が怖くて仕方がなくて、

数秒間の沈黙が凄く長く感じた。


けど、私に返ってきた言葉は。


「奏乃があのケイなのぉっ(゜ロ゜)!?

嘘嘘っ!えぇ!ちょっ…ヤバい感動!」


「すっげ…。」


「あの伝説の歌姫を連れてきてたとは…

まぁ、さすがテンだよな。」


「……え?」

優杏も、碧眞君も、翡翠君も。

誰1人として、私を責めなかった。


「ホラ、カナ。やっぱ社長と同じ。」

微笑みながら、

私の頭を撫でる葉月君の手に

私は馬鹿みたいに安心感を抱いて。


「カナは、ここに居て良いんだよ。つか、

ここに居るべきなんじゃねーの?」

馬鹿みたいに安心感を抱いた私への

その優しい一言は、

私の視界を滲ませるのには十分だった。


「ありがとう…。」

私はここに居て良いんだ。


数年ぶりの明るく温かい感覚に

私の心や体は麻痺しまくっていたけど。


皆の温もりを、

感じられたことが嬉しかった。






「奏乃ぉー(>_<)。」


「おい奏乃。ソイツは無視だ、無視。」


「待て待て。セイ、落ち着けって。」


「オメーは女と遊んでろ。」


「え。遊んでるとか失礼な奴だな。

1人1人とちゃんと付き合ってるし。」


「7股掛けてる時点で終わってんだよ。」

この、何気無いやり取りが

良いなぁって思ってしまう私は

大分ここが気に入ってしまったようだ。


私、Canzoneって言うこの場所が

いつの間にか凄く大好きになってた。


楽しくて、賑やかで、明るくて。

優杏が居て、碧眞君が居て、

翡翠君が居て。葉月君が、居て。


温かいこの場所が、

私は大好きになっていた。




この場所からもいつか

離れてしまうのかな…って考えると、

少し寂しいと思ってしまうけど。


私には、覚悟か必要なんだと思う。

1人で歌うって覚悟が。


勝手に考えたことだけど、

柚唯君もそれを私に

分かって欲しいんじゃ…なんて。


こうやって、1人1人頑張ってる人達の

側に私を置いて…

お前も、1人で歌えるって、

教えてくれようと

してるんじゃないかって。





「カナ。これ、どう?」


「え?」

葉月君が私の目の前に持ってきたのは

何だか凄く旨いステージの絵。


何これ、漫画みたいだな。


「…………えっと。旨いね。」

と言うか、

何が「どう?」なのか分かんない。

とりあえず率直な感想を言っといた。


「うん。で、カナは、こうゆうの好き?」

こうゆうのって、

こうゆうステージってこと?


改めてその絵を見てみると、

うわ…カッコいいー…。

こうゆうステージで歌ったら、

本当に気持ち良さそうだな…って感じ。


「うん。こうゆうカッコいいステージ、

私は好きだよ。」


「分かった。」

………何で私に聞いたんだ?


あ(゜.゜)、モニターだから?

え、モニターだからだよね?