Diva~見失った瞬間から~


「…………何が最低なんだか。」

え、と私は葉月君の胸に押し付けていた

自分の顔を上げる。


葉月君は、私の顔を見るなり

はぁ、と溜め息をついたのだった。


「確かにカナは、ちょっと度が過ぎてた。

それに周りを見えてなさすぎ。」


「………知ってる…。」


「でも。」

葉月君の片方の腕が私から離れた。

もう片方の腕は

相変わらず巻き付いているけど。


その放たれた右手はさっきのように

私の顔の前まで来ていた。

そして。


「わっ…。」

私の眼鏡を、取った。

視界がぼやけて…何も見えない。


「この瞳に、嘘は無い。」


「え…。」

ぼやけた視界に、

うっすら葉月君の顔が見えた。


「カナの、鈴に対する気持ちに嘘は無い。

それが分かれば十分だろ?」


「………。」

驚きで声が出なかった。


葉月君…あなたは、

どうして私を責めないの。

どうしてそんなに

優しい言葉をくれるの。


「カナが、

カナの準備が出来たらで良いから。

もう1度、歌おう。」

目元をきゅっと上げて…微笑みながら

私に言ってくれたように見えた。


「ステージが怖いなら、

俺が一緒に立つから。

導く音が欲しいなら、俺が奏でる。」


「……っ…、は、づき…くっ…。」

頬を温い雫が伝ってきた。


「だから。歌ってくれよ。

鈴のためにも、さ。」

その雫を、

あなたは優しく拭ってくれる。


「おいおい…。泣きすぎ。

お前全然泣かねぇくせに…。」

そう言いながら、

あなたは私の涙を拭ってくれるくせに。


すると突然。頬から

その大きな手の感覚が無くなった。


「え…?」

すると、そのすぐ後。


体を優しく

包み込まれる感覚が私を襲う。

ぎゅう…と。それは少し、力強く。






「カナ…。強がりは、ここまで。

後は…周りに頼ってみよう?」


「た、よる…?」


「そう、頼る。牧原とか、優杏とか。

碧眞とか、翡翠とか、蒼空とか。

まぁ、俺に1番頼って欲しいけどな。」


「……頼って…良いの?」

私は十分に

あなたに優しくされてるのに。

その上に頼る、なんて。


「私は、葉月君に…頼って良いの?」


「馬鹿だな。良いに決まってる。」

顔は見えないけれど、

きっとその綺麗な顔は目元がキュッと

上がった笑顔なんだろう。


「俺、早くカナの歌、聴きてぇよ。」


「………。」

あなたの言葉は、魔法の言葉だね。


「………カナ?」

私にとって、

嬉しい言葉をあなたはくれる。

私にとって、かけがえの無いことを

あなたは言葉にして教えてくれる。


「………ありがとう。」

あなたのお陰で、

少し分かった気がするよ。


"歌って欲しい"と願った、彼女の想いが。

"守って欲しい"と言った、彼女の言葉が。


あなたのお陰で、答えに近づいた。


葉月君。ありがとう。





…………………。


私は目の前の扉の取っ手に手を置………。


「………ぅっ…。」

……かない。

置く直前で手を引っ込める。


そしてまた手を出しては…引っ込める。

この繰り返し。


「………カナ、おせー…(-_-)。まだ?」


「ぅわぁっ!は、葉月君!静かに…!」

背後から話し掛ける葉月君に

私は振り替えって沈黙を要求する。


「…………ぶっ(笑)。

どうでも良いけど、早く開けろって。」


「む、無理っ(てか今、吹き出した…)。」


「何で。」

何でって…。


相澤奏乃16歳。高2。

今居る所…事務所の前(汗)。


「い、今更…絶対無理だってば…!」

そう、ここは。

私と鈴の通ってた事務所である。


「は?何で。

別にまた入れって言ってねぇじゃん。

『歌手始めまーす』って適当に言えば。」

ぁぁあああぁぁあ…。

何でこんなことになっているんだ…!


てゆうか、元はと言えば…。

あの一言が失言だった(泣)。





「……カナ、落ち着いた?」


「…………う、ん…。」

泣きすぎた。頭が痛い。


「もう、座ろう…足疲れたし。」


「………ん。」

葉月君にお礼を言った後、

私は涙が止まらなくなってしまった。


「……ごめん。鬱陶しかったでしょ。」

すっかり腫れてしまったであろう

目元を擦りながら

私は隣に座る葉月君に言う。


あぁ、ちゃんと冷やさなきゃな。

明日ただでさえ小さい目が

もっと小さくなる。


「別に。今まで泣かなかった分だろ?

俺は、カナが俺の前で

泣いてくれただけで嬉しいから平気だ。

鬱陶しいなんて持っての他だな。」


「そ…そう?ありがとう…?」

何かこの人今、

凄くカッコいいこと言った?

そして、私は今の言葉を嬉しく感じた?


「カナは、歌ってる姿がよく似合う。」

私に優しく微笑みながら、

あなたは低くて甘い声でそう囁く。


「……っ、葉月君…

私の歌ってるトコ見たことあるの?」

声の美しさに少し怯んだけれど、

私はちゃんと会話を繋げる。


「………あぁ。」


「え、い、いつ?」

ライブに来てくれてたの?


「ん、秘密。」

………。

葉月君って、謎。





「それより。

カナは、もう1度歌うんだよな?」

改めて葉月君に真剣に聞かれる。


「………う、うん。…歌いたい…。」

自分の想いを言葉にするのって、

こんなにも大変なことなんだなぁ。


「歌いたい。」ってこの一言のために、

私はどれだけの時間を

費やしてきたのかな。


「じゃあさ、会いに行かなきゃな。」


「え?」


「"ケイ"を支えてくれた人達に、

会いに行って、それからまた歌おう。」

………。


「でも、さ。

私…自分勝手に居なくなって…。」

今更、こんな私を受け入れてくれるの?


「どうせまた、

直ぐ辞めるんだろ。」とか、

「どうせ、気紛れに

やりたくなったんだろ。」……とか。


きっと、皆言うんじゃないかな。

私の姿を見て、"どうせ"、"どうせ"って。


「…確かに、事実を知らない人は多い。

じゃあ、

事実を知る人から少しずつで良い。

会いに行く。」


「………。」


「まだ言うことあるのかよ?

じゃあ、

始めに行きたいところ言ってみ?

カナを絶対に拒絶したりしねーから。」

始めに行きたいところ…。


鈴の家?ううん。もう行った。

時鶴の家?ううん。違う。

私が最初に行きたいのは。


「柚唯君、社長…の、所…。」

鈴と私の1番の支えになってくれた人。


私が事務所を辞めるまで、

時鶴が居ない所で私を守ってくれた人。


「じゃ、決まり。明日行くぞ。」


「うん。……って、え?」

あ、あ、明日??


「善は急げ、俺も行くから。」


「……う、うん…。」




………で。


ホントに事務所の前に居る。

葉月君って、有言実行なんだね…。


かれこれ10分以上

ここに突っ立ったまま。

私と葉月君はここに居る。


私が目の前の扉を

中々開けられないから。

この中に、柚唯君が居ると思うと。

私は、怖くなって開けられない。


「………カナ、どいて。」

無言のまま

私が目の前の扉をジッと見ていると

後ろに立っている葉月君に

話し掛けられた。


私は素直に葉月君に言われた通り、

葉月君の後ろの方に回った。


…………ん?

何でこの状態になったんだろ。


《ガチャッ》


「失礼しまーす。」

ええぇぇぇぇええ…etc.


葉月君が意図も簡単に開けてしまった。

私の心臓は大きく鳴る。


「ん?葉月。何だよ、事務所まで来て。」

中からは、

しっかりと柚唯君の声がした。

彼は、この部屋に居るのだ。






「おい葉月…

お前、いくら事務所同士の仲が

良いからって連絡無しで…。」


「ごめん。会わせたい奴が居てさ。」

葉月君が柚唯君と喋る度…

私は心臓が破裂しそうになる。


ホントに?

ホントに、

柚唯君は私を責めないのだろうか。

私を受け入れてくれるのだろうか。


葉月君が側に居るから

何とか私はここに立っている状態だけど

きっと彼が居なかったら

ここに来ようとも思わなかっただろう。


「会わせたい奴?誰だよ?」

ビクッと肩が震える…。


怖い、怖い…。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…っ…。


葉月君…っ…。


私の右手は、無意識に

葉月君のシャツの裾を掴んでいた。


《パシッ》


「……っ?」

何か温かさを感じた直後。その右手は、

私の手よりも大きな手に包まれていた。


それは、私の涙を拭ってくれた…

あの大きくて優しい手だった。


「…………ぜってー大丈夫。」

小声で、

言ったか言ってないかも分からない

とっても小さな囁き…。


でも。あなたの支えを欲した私には

ちゃんと聞こえていた。


「葉月。だから誰だよ。

用が無いなら帰って練習でもしてろ。」

柚唯君の、少し低めの声がする。


「…ホラ、カナ。お前の言いたいこと…

全部言ってこいよ。」

その言葉に…

私は背中を押された気がした。


《コツッ…》

私のローファーの音が懐かしく響いた。


「……柚唯君…

おひさしぶり…で、す…。」


「………………………奏乃…?」





事務所の扉をくぐった私の視線の先には

目を見開いて驚いている柚唯君が居た。


言わなきゃ…。

言わなきゃ、いけない。


「あ、あの…っ…。」

でも、

もう少しの所で私の喉が動かなくなる。


声を、声を出してよ。

言わないといけないの。


ぎゅう…。

右手に少し、力が入った。

私よりも大きな手を私は握り締めた。


すると、その大きな手も、

私の右手を優しく握り返してくれた。


安心…する。スッ…と、

喉に突っ掛かるモノが無くなった。


「私は、歌いたい…で、す…。」

喉が自由になっても、

情けないぐらい

震えた声になってしまった。


「私、もう1度…歌いたい…。」

俯いちゃ駄目。ちゃんと言うの。

葉月君と、約束したんだから。


「私は、もう1度。

歌っても良いですか…?」

言い切った。


3年間、自分自身で消した想い。


開けてはならないと、

自分に言い聞かせた

大事な大事なあの箱を、私は開けた。


封印仕切れなかった、想いと共に。





「お前、今更何言ってんだ。」


「……っ…。」

柚唯君の声色は、読めない。


冷たくないけど、決して温かくもない。

やっぱり、駄目、なのかな。


「奏乃。」

名前を呼ばれて、私は肩を一瞬竦めた。

何を言われるのか、不安で堪らない。


「はい…。」

俯いちゃ駄目。俯いちゃ駄目。

ちゃんと、柚唯君の顔を見るの。


「何年だ。」


「え…。」


「お前が消えてから、

何年経ったと思ってる?」

私が…消えてから?

私が、"ケイ"を辞めたあの日から?


「……3年、経ちました。」

もう、無理かな。


「そうだ、3年だ。今更だな。」

遅すぎた。


「どんだけ待たせたんだ、馬鹿ヤロー。」


「すみませ…え?」

許される訳が無いと、

私は迷惑を掛けたことを謝ろうとした。


けど、その謝罪の声をも止まった。


……今、何て言った?


「この阿呆。

てめーは強情過ぎなんだよ。ったく。

初めからそう言えば良いじゃねーか。」

目の前の光景は、夢なのかな。