「コイツ…
ちょっとした知り合いなんでな。
頼む葉月。今日だけだ。」
この人の強引さは、
全く変わっていなかった。
「カナは?大丈夫?」
……やだ、何でそんなに悲しそうなの。
私が、嫌がってるように見えるから?
もし私が嫌がってるとしても、
立場上…この人から私を放せないから?
それで悲しげな表情をするのなら、
私は喜んで笑顔を作るよ。
「大丈夫だよ。
ごめん、またね…葉月君。」
あなたに悲しい表情は似合わない。
あの微笑んだ顔が凄く輝いてる。
だから、そんな顔しないで。
私、大丈夫。辛くないから。
ね、笑って。葉月君。
「じゃあ、葉月。またな。」
そう言ってこの人は歩き出す。
私はその後を着いていく。
………短かった。
もう少し、時間をくれると思ってた。
私の辛苦以外の時間は、とても短い。
それが、喜楽の時間であるのなら尚更。
この人との面識を知られてしまったら、
私はもう
Canzoneに居ることは出来ない。
彼らは優しく、
私を受け入れてくれるけど、
私はそれを受け入れることは出来ない。
葉月君に、Canzoneの1人に知られた。
"前の名"で、呼ばれるのを聞かれた。
それだけできっと、頭の良い葉月君は
私の"過去"知るだろう。
私は私の過去を知る人とは
音楽を共有出来ない。
出来る自信がない。
例え相手がどんなに上手くても、
どんなに下手でも。
私はもう、
Canzoneの曲を聴くことはない。
………何でこんなに、短いのかな。
それは多分。自分でも分かってる。
喜楽の時間は短いんじゃない。
辛苦も、喜楽も。きっと平等なんだ。
私は、喜楽を先に味わいすぎた。
あのたったの2年半で
殆どの喜楽を味わった。
十分過ぎる程の…夢を見た。
きっと、今味わっていたのは残りの分。
僅かに残されていた喜楽や、夢だった。
短いCanzoneとの時間はきっと、
私の人生の中の残夢だったのだろう。
「………で?」
私、相澤奏乃16歳。職業女子高生。
「何か言えよ。」
ただ今、大ピンチかもしれません。
目の前には…
顔が整った見たところ若い男性。
初対面の時に26歳だったから…今31歳?
「ケイ。聞いてるのか?」
「ケイじゃない。」
私は反射的に声を上げた。
「私はもう、"ケイ"じゃないよ。」
その名は、
もう私が名乗って良い名じゃない。
「はぁ…分かった。奏乃。
お前…スタジオで一体何してたんだ?」
そう。今の私の名は奏乃。
相澤奏乃なの。
「……久し振りだね。柚唯(ユイ)君。」
目の前に居る彼は…
前と少しも変わっていなかった。
彼の名は伊東柚唯(イトウ ユイ)。
"前の私"に輝くための名と、
居場所をくれる人を紹介してくれた人。
「話を反らすな。葉月と…
Canzoneと一緒に居たんだろう?」
「別に…
私は友達と一緒に居ただけだよ。」
葉月君も、優杏も、
碧眞君も、翡翠君も。
Canzoneじゃなくて、友達。
「……奏乃。こっちに戻ってくるのか?」
「………。」
私は声を出さない。
「奏乃。この3年間、何をしてきた?」
この、3年間…。
「…何もしてないけど。」
普通に中学を卒業して高校に入学して。
普通の女子高生になった。
「………戻ってくる気は?」
「無い。」
「随分と即答だな。何で?」
何で?
3年間に何度も聞いた、その台詞。
「理由は3年間と変わらないよ。」
「………まだ、鈴のことか?」
……"まだ"って何?
「私は鈴を絶対に忘れない。
鈴と作った時間は私の宝物なの。
私は…
"エル"が居ない音楽では歌わない。」
『Divaを…忘れないで欲しいの…。』
私が他の名で歌って、
鈴が悲しむのは嫌だ。
「……なぁ、ケイ。」
「ケイじゃない。」
「ケイはさぁ。」
「ケイじゃないったら。」
「ケイは、何で歌ってたんだよ。」
「"ケイ"じゃないっ!」
柄にもなく、怒鳴り声を上げた。
「……っ、私はもう…"ケイ"じゃない。」
「何で歌ってたんだよ。」
え……。
「………それは、鈴に誘われたから。」
「鈴のせいにしてんじゃねぇよ。
もっと、
お前自身の答えが有るだろう。」
「………っ。」
「"鈴に誘われたから"?矛盾してないか?
じゃあ何でお前は
Canzoneのモニターになったんだ?」
「…、それは…。」
「鈴が居なくなったと同時に、
音楽との関わりを一切絶ったのに、
何でバンドの曲を聴いてんだよ。」
「……。」
何も言い返せない。
だってそれは、分かっているから。
「Canzoneに鈴が居るのか?
居るわけねぇ。
Canzoneは音楽関係じゃないのか?
バンドなのに?ホラ、矛盾してる。」
私もホントは…分かってた。
矛盾。自分自身の中にある、矛盾。
私が音楽と関わりを絶ったのには
理由があった。
鈴との音楽以外、考えられない。と。
鈴との思い出で十分だ、と。
「……いい加減にしろよ。
綺麗事言いながら、
結局自分のためだろ?」
「………っ。」
私は…。
「鈴?違う。十分?違う。
お前は…怖かったんだろう?」
怖かった…。
「鈴が居ない世界での
音楽が怖かったんだろ?
鈴の支え無しじゃ
立ってられなかったんだろ?
鈴が居ねえと、何も出来ねぇんだろ?」
「……ち、がぅ…。」
違う。
「何が違う?他人の音楽は聴けるのに、
自分で音楽が出来ねぇなら、
それ以外にどんな理由がある?」
「………。」
ホントに…違う。
怖いのはたしかだった。
でも、そんなんじゃない。
「言ってみろ。何が違う?」
「……………。」
「違わねぇのか?」
「……Divaを…忘れるのが怖かった…。」
「……。」
「音楽は…楽しかったから。
私に希望も…夢も与えてくれたから。」
込み上げてくるモノは、
懐かしさを持つ。
「続ければ続けるほど…
鈴を"過去の1つ"に
してしまいそうで怖かった…。」
「……それで、か?」
「…私が歌っても皆悲しむだけでしょ!?
鈴は歌い続けることが出来ないのに、
私だけ歌えるなんておかしいでしょ!?
不公平でしょ!?違う!?」
私が歌っても悲しいだけ。苦しいだけ。
私も…鈴も。