「……その…その曲は…っ…。」
2度と聴くことの無いハズの曲。
2度と演奏することの無いハズの曲。
私が、"彼女"に贈るハズだった。
歌詞と言う名の
言葉を付けて歌にするハズだった。
でも………。
「……間に合わなかった…曲…なの…。」
作りかけで、未完成で。
完成することの無い曲。
「……カナ?」
何で私は、
葉月君にこんなことを言ってるの。
涙は出ない。
きっと枯れてしまったんだ。
別に、困りはしないだろう。
これから先。私の未来に
あれ以上の哀しみは無いだろうから。
「カナ。」
ヒヤッ…と
私の頬に冷たいモノが触れた。
床に向けていた視線を上げると
そこには…
綺麗で儚げな表情の葉月君が居て。
頬に触れたのは、葉月君の手だった。
前もあったかも…こんな状態。
「寝なよ。熱、下がってないし。」
「…………。」
大きな手が、私の頬を優しく撫でる。
「………はづき…君…。」
私は、無意識に
その大きな手に私の手を重ねていた。
「…どうした?
動けないなら、また俺が運ぶけど…。」
ううん、違う…。
私は不思議で堪らないの。
「……葉月君は…
私に何も聞かないの…?」
今まで、私は葉月君の前で
幾度となく不自然な反応をしただろう。
だけど、その度、葉月君は気にせず
私に優しくしてくれる。
不可思議な反応の理由も…
気にならないハズが無いのに、
1度だって私に聞こうとはしなかった。
まさに、私からすれば
無償な優しさを葉月君は私なんかに
何度も注いでくれた。
今だってそうでしょう?
………どうして?
「……俺が聞いて良いことなのか?」
「………えっ…。」
優しく儚げな瞳が、一瞬にして
真剣で真っ直ぐな瞳に変わる…。
「俺は…
カナが苦しんでるように見える。
苦しんでるお前を見たくないと思う。
でもカナは
その理由を教える気は無いだろう?
そりゃ、
知りたくないと言ったら嘘になる。
けど、俺がお前に理由を聞くことで
お前が苦しんだら意味が無いだろ。」
「………苦…しい?」
そんな風に見えるの?
「正直言うと、俺も聞きてぇよ。
でも、
カナを苦しませたくないと思うから。
だから俺は、カナが自分から
言えるようになるまで
待とうと思った。」
「………っ……。」
何で。何で。
何でそんなに優しいの。
何であなたはこんな私に
そんなに優しくしてくれるの。
「ホラ。ここに居たら熱下がらねぇよ。」
「……。」
ぎゅう…と
私は葉月君の手を握りしめる。
優しい優しい…葉月君の大きな手。
なんでこんなに安心するの。
「…カナ。動かないなら俺が運ぶけど。」
「………。」
葉月君。
私、"彼女"が居なくなってから、
初めてこんなに
安心出来る相手を見つけたよ。
音楽と大いに関係を持っているあなたと
今でも友達でいた私が不思議だった。
でも、心の奥底では気付いてたのかも。
あなたの側は…安心出来るって。
『カナ。カナ。』
また、聞こえる。
最近よく聞くなぁ、この声。
『カナ。あたしね…。』
どうしたの?
『カナに忘れてほしくない。』
………私は、忘れないよ。
何度もあなたに言ったでしょう?
『でもね。』
うん?
『カナに…
苦しい思いはしてほしくないの。』
…なに、急に。
『カナ。あたしは…
カナに笑っていて欲しいよ。』
笑ってるじゃない。
別に、苦しいなんて、感じてないよ。
『あたしは…カナに…もう1度…。』
まただ。
また、最後の言葉が聞こえなくなる。
何を言ってるのか、分からない。
鈴…。
「奏乃っ!!」
「…………え。」
さっきまで鈴の声が聞こえていたのに、
突然時鶴の声に切り替わった。
「もう、奏乃ったら!次移動教室!!」
………あ、そうか。
ここ、学校だった。
「もうー…。信じられない!
奏乃、昼休みずーっと寝てるなんて!!」
「あれ、私、寝てたの?」
「寝てたよぉっ!!
4時間目終わって奏乃のとこ来たら、
机に突っ伏して爆睡だったんだからっ!!」
…………マジか。
《キーンコーンカーンコーン》
「あぁっΣ( ̄ロ ̄lll)!?
もーっ!奏乃が起きないから
5時間目始まっちゃったよぉっ!!
早く早くっ!」
あわあわとする時鶴。
今日は水曜日。
月曜日、火曜日と休んで
私の体調はすっかり良くなり、
普通に登校していた。
《キーンコーンカーンコーン》
「かぁなぁのぉ…(`Δ´)。」
今日最後の授業が終わり、
下校…としたところ時鶴が
怒りのオーラと共に私の元へ来た。
え、え、何。
「奏乃の寝坊のせいで
特別課題出されちゃったじゃんっ!!
あぁーーっ!!絶対難しいよコレぇーっ!」
「煩いよ時鶴。」
特別課題…まぁ、私からすれば、
暇潰しに丁度良いよ。
「奏乃は良いけどね!?
あたしは分からないのっ!
難しいのっ!」
「勉強すれば。」
もっともな意見を出す私。
時鶴。世の中可愛いだけじゃ
駄目な時も有るんだよ、うん。
「もう良いよーだっ!
奏乃に教えてもらうもんねっ!」
私に言う台詞じゃなくない?
「てゆうか、時鶴。今日撮影は?」
あるって言ってなかったっけ。
「……………………………………………
……………………………あぁーーっ!!」
「はい、行ってらっしゃい。」
私は、1人で下校した。
《ガチャ…》
「………ただいま。」
家に着き、時刻は5時半を過ぎていた。
今日の夕飯は何が良いかなー…
とか考える。
でも、熱を出した月曜日からここ数日…
私の頭の中に何か悶々(もんもん)と
引っ掛かるモノがあるのだ。
一種の悩み…苦悩…
というところだろうか。
私の中で、封印していた"箱"が
何やら動いている気がしてならない。
葉月君の、手に…心に、触れてから。
熱で朦朧としながらも、
しっかりと記憶はしていたから。
それに…気のせいかもしれないけど、
葉月君と会った日から、今までに以上に
"彼女"の夢を見るようになった。
そして、彼女は何故か
『俺は…
カナが苦しんでるように見える。』
『カナに…
苦しい思いはしてほしくないの。』
葉月君と同じことを言うのだ。
私は、苦しんでなんかいないのに。
私は、ちゃんと笑っているのに。
葉月君と、鈴。
どうしてだろう。他人に思えないほど…
私に言うことが同調して聞こえる。
まるで、葉月君と鈴が
2人で1つのことを
私に伝えようとしているように。
「………ないない。それはない。」
あの2人は他人。
てゆうか会ったことも無いハズ。
「………はー……。」
正直言うと…今の自分が怖く感じる。
今まで私は、"箱"が再び開くことは、
夢にも思わなかったから。
もし、"箱"が開いてしまったら…
私はどうなってしまうのだろう…って。
自分で封印したくせに、自分で
制御出来る自信が無くなってきた。
………今さらながら。
でも、鈴の悲しい顔だけは見たくない。
そう思うから。
私は頑張らなくちゃいけない。
"箱"を決して開けないように。
私が…頑張れば、良いの。
『カナが自分から言えるようになるまで
待とうと思った。』
……。
頑張らなくちゃ…と、
"箱"を開けてはならないのだ、と。
必死に私は自分に言い聞かせる。
でも、葉月君と居ると…
その決心が揺らぐというか…
忘れそうになる。
鈴に似た安心感を抱いてしまうから、
1人じゃ無い感覚に似た錯覚に溺れて…
私が頑張らなくても
良いんじゃないかって。
馬鹿だよね。
葉月君の側は確かに安心出来るけど、
彼には彼の居場所が在るんだから。
葉月君が
私にどんなに優しくしてくれても、
私が1人なのは、変わらないの。
結局、私の居場所は"彼女"だけなのだ。