Diva~見失った瞬間から~


「……葉月君…!」

無意識に、葉月君を呼んでいた。


その声は、自分で出したくせに、

情けないくらい小さくて、嫌になった。

絶対、聞こえない位の小さな声。


「君は、もしかして…け…。」

もうダメだ…。

ごめん…、鈴…。


「社長。カナ、

眼鏡を取られるのは嫌みたい。

返したげてよ。」

フッ…と、シトラスの香りがした。


「カナ、大丈夫?」


「…………あ…。」

顔はよく見えない…けど、

この心地良い安心感が

葉月君だと確信させた。


「………は、づき…君…。」





「はい。眼鏡。」

ふわっ…と、葉月君は

私に優しく眼鏡を掛けてくれた。


視界がまたはっきりになって、

目の前には綺麗な顔。葉月君だ。


あぁ。やっぱり。

認めたくない…けど、葉月君には…

"彼女"と似た安心感が有る。


無意識に葉月君の名前を呼んだのは、

きっとそのせいなのだろう。


「……ありがとう…。」

私がそう言うと、

葉月君はニコリと微笑む。

それさえも

"彼女"に見えて少し悲しくなった。


「……なぁテン。その子…奏乃とは、

どこで知り合った?」

社長さんは、さっきとは違う

真剣な眼差しを

その瞳に込めて葉月君に聞く。


…………やっぱり、この人。

私が…私の、"過去"を知ってる。

私と"彼女"が、共に歩いた時のことを。






「どこで…?うーん…。公園…?」

葉月君は、普通の口調で社長さんに

答えを言った。


何で、葉月君と私の出会いを気にする?

その理由は私にも分かり切ってること。


突然、姿を消して。

行方不明の状態が数年も続いて。

忘れかけた頃に再び目にした事実。


ソレが、信じられない程近くで

自分の身近で進み…

少しずつ近づいている。


「……公園…?」

社長さんの表情は、よく分からない。

葉月君の身長が高くて、遮られている。


「社長、カナ、もう疲れたみたいだから。

今日はもう帰るって。」


「え…?」

気づいてたの?

私が…帰りたがっていること。


「カナ。駅まで送る。」

葉月君の瞳からは何も読み取れない。

ただ綺麗で真っ直ぐな瞳。


「……う、うん。」

葉月君は気づいてるのかな。


あなたのその真っ直ぐな瞳を見る度に、

私があなたを

別な人と重ねて見ているのを。


……出来れば…気付かないで。

気付いても、

私には分からないようにして。


《ガチャ…》


「皆さん…

今日は、ありがとうございました。」

素っ気ない言葉を最後に、

私は彼等の事務所を後にした。






―――…。


「ねぇ、もしも

あたしと出逢ってなかったら、

今何をしてると思う?」


「………は?」

何、急に。


「ちょ、カナ!!止めてよその冷たい感じ!

真面目に聞いてるの!!あたしは!」


「え、真面目に聞いてるの?」


「ひ、酷い…( ;∀;)。」

いや、突然そんな質問をするのが

可笑しいんだよ、普通。


「で、何してると思う?」

って、結局聞くんじゃん。


「んー…。寝てるんじゃない?」

こんな時ですら、私は嘘をつく。


あなたに出逢ってなかったら、

私はまだきっと、

眠れない夜を過ごしてる。

孤独や、闇に沈んでいるんだろう。


「現実的…。もっとこう…

職業的なモノを求めてるんだけど…。」


「職業?」

え、そっち?


「普通に…中学生じゃないの?」


「えぇっ…いや、間違ってないけど…。」


「だって、今の時代13歳で

働けるとこなんて滅多に無いよ。」

13だぞ、13。

中学にも入学したばっかなのにさ。


「え、じゃあカナは、

今の時間を過ごせて幸せ?」


「はぁ?」

だから、突然何を言うの、この子。





「ねぇ、幸せ?」

曇りの無いその瞳は、

老若男女問わず誰であろうが

惹き付けるモノを持っている。


勿論、私も例外では無い。


『奏乃って言うの?素敵な名前!!』

寧ろ、

惹き付けられたから今側に居るのだ。


「さぁ。鈴は?今、幸せなの?」

私から言うなんて、何て言えば良いのか

分からなくて言えるワケが無い。


自分が幸せか、不幸かだなんて、尚更。

だから、私は彼女の言葉を待った。


「うん、勿論っ!」

彼女は一瞬の迷いも見せることなく、

満面の笑みをその顔に浮かべて言った。


「あたしは、

カナと一緒に居るから、ううん。

カナと出逢えたから、

こうして今を生きていけるんだよ!」


「なっ… (//ロ//)!」

真っ正面から笑顔で言われて、

柄にも無く照れてしまう。


「あ、カナ照れてる!!可愛いっ!!」


「………照れてないし。」

そんなことを面と向かって言われたら

誰だって照れるわ!


「つか、生きていけるって…大袈裟。」

私じゃあるまいし。


「ううん。本当だから。

あたしは、カナと出逢えたから、

輝ける場所を見つけられたの。」

一瞬だけ、哀しげな表情を見せるも、

また明るい顔に戻り、私に問い掛ける。


「ホラ!!あたし言ったんだから!

カナは?今、幸せ?」


「え゙…。」

き、聞くの?






「……幸せ…だ、ょ……。」

声ちっさ!

我ながら私、声ちっさ!


「ふふっ(*´∀`*)。ありがとう。」

嬉しそうに、首を傾けながら微笑む鈴。


くっそう、可愛いぞコイツ。

そうゆう顔は彼氏にしろっ!


「じゃあ、今日も録音頑張ろ!"ケイ"!!」


「………分かってるよ、"エル"。」

私達は立ち上がり、スタジオに向かう。


鈴が何でこの時突然、

こんな質問をしたのか。

一瞬の哀しげな表情は

一体何を意味していたのか。


それを知るのは、1年も後だった。





―――…。


………あぁ、夢か。


「………ふぅ…。」

いつものように、私は自分の部屋で、

自分のベッドで寝てた。


枕元に置いてある携帯を見て、

今日の日付を確認する。


「……6月、16日。」

いつの間にか6月になっていた。


葉月君とは、会ったりはするものの、

本当に会うだけ。

スタジオにも事務所にも私は行かない。


葉月君と会うにしても、駅が殆ど。

待ち伏せしているのか、

やけに会う確率が高い気がする。


別に良いんだけど。

葉月君は、

私が嫌な話題を出さないから。

ある意味、紳士だよ紳士。

ちょっと口悪いけどね。


「………。」

することが無い。暇。

日曜日は国民の休日らしいけど、

今日の私には

暇な時間の塊(かたまり)である。


どうしよう、本当に暇だ。

掃除でもしようか。課題をやるか。


「………掃除しよう。」

生憎、課題は終わっている。

掃除くらいしか今することが無いのだ。







「………はぁ。」

掃除しよう、とは決めたものの。


「どこも汚れてないしなぁ。」

今日みたいに暇な日は

掃除をすることが少なくない。

だから、この家のどこも汚れていない。


「んー…。」

フラフラと、無駄に広い家の中を歩く。


この部屋も、この部屋も…

つい先週掃除したし、何より使ってない。


「あと掃除してない部屋は…。」

私は、ある部屋の前で止まる。


「この部屋だけか。」





私が立っている前にあるドア。

この部屋は、いつも掃除してない。


来週やろうって…

毎週毎週後回しにしてた。

最後に掃除をしたのはいつだったかな。


《キィィ…》

ドアを開ける。