「ただ、カナに聴いてほしかった。
カナに、
俺達の曲を聴いてほしかったんだ。」
目の前にいる葉月君は、
私を真っ直ぐに見つめてそう言った。
なんで、私なの?
私はまだ納得がいかないのだ。
「私、Canzoneって
バンドを知らないんだよ?
音楽には興味を示した覚え無いよ?
音楽に関わる話もしなかったよ?」
"あの日"。"あの日"以来、
私は私の中の音楽と
言うものを封印した。
消し去ることは出来なかった。
"彼女"との、
思い出を持っていたいから。
"彼女"と私が
一緒に過ごした時間の証だから。
私は私の封印した箱の中で、
"彼女"と造った宝物を、
"彼女"と過ごした証と共に守っている。
「なんで、
私に聴いてほしいと思ったの?」
だから、お願い。
「私なんかに聴かせても、
何も変わらないよ。」
箱を開けないで。
「何でそこまで聞きたがる?」
「えっ。」
今喋ったのは葉月君じゃない。
葉月君の後ろに視線を移すと、
葉月君同様、
真っ直ぐに私を見つめている
西谷さんが見えた。
「テンが直感で決めたも同然なんだよ。
だからテンに何を聞いても意味ない。
俺からすれば、
何でそこまで聞きたがるのか
自分の音楽への才能を貶すのか、
そっちの方が不思議なんだけど。」
私としっかりと目を合わせながら
彼は続けた。
「そこまで理由を聞きたがる
ワケがあんのか?それに、
興味が無いと言ってもそれは今の事。
俺らの曲を通して、
興味を持っていけば良い。
俺はそれで良いと思ったけど。」
理由を聞きたがるワケ?
そんなの。
"不思議"に感じたから。ただそれだけ。
自分が興味を持っているモノに、
まるで興味を持っていない
私を連れてきた
葉月君が"不思議"で堪らないから。
私は音楽への興味を
わざと消しているのに、葉月君の歌を
聴くとそうもいかないのだ。
だから、今後はこのバンドとは
関わりたくない。
だから今のうちに離れておきたい。
"Canzone"とも、"歌手"の葉月君とも。
私はもう、
音楽と関わり合うのは辞めたの。
"Canzone"とも関わりたくないの。
これからも葉月君が私を連れて来ようと
思っているのならば、
今のうちに関わるのを
拒否したいと思うから。
「……私に音楽の才能は無いよ?」
楽器に、歌に、ダンス。
一時期あんなに練習を重ねたソレは、
私の中で無になろうとしている。
光を受け入れない分厚い箱に入れて、
思い出になろうとしている。
もう、やることは無いのだ。
この箱から出すことは無いのだ…と。
「別に構わない。才能が
有るか無いかなんて誰も知らない。
俺はただ、
カナに聴いてほしかっただけ。」
「………。」
何度私がここに居る無意味さを教えても
返ってくる言葉は同じなんだ。
「カナに聴いてほしかった。」と。
私はここに居たくないのに。
音楽なんて、聴きたくないのに。
「………そっか。」
最後には、私が折れてしまった。
「……それでそれで?」
私の机に身を乗り出し、
ズイズイと綺麗な顔を近付ける時鶴。
あぁー、もう。
「…たまにで良いから遊びに来いって。」
「あらぁー(*´∀`)♪奏乃ったらぁ♪」
何で時鶴が
そんな表情をするのか分からない。
「じゃあじゃあ!!
奏乃は天瀬君に秘密を明かされて、
その上遊びに来いと言われたのね!?」
「まぁ…。」
「きゃあーっ!天瀬君、やるぅ♪」
…………………………マジで何?
相澤奏乃(16)。
ただ今目の前ではしゃいでる
可愛い可愛い時鶴の言動に困惑中です。
土曜日の、あの後。
結局、葉月君とバンドの美男美女達とは
関わりを持ってしまった。
………音楽には関わりたくないのに。
その上、なんか
今時の女子高生モニターだとか言って
たまに遊びに来いと言われる始末。
芸能関係の場所には行きたくないのに。
そして、次の日の日曜日。
時鶴に質問攻めされると覚悟していたら
モデルの仕事ということで免れた。
まぁ我が国には学校と言うものが有り。
翌日。
結局ここ、学校で時鶴に質問攻め。
「……………はぁ。」
あーあ、溜め息ついちゃった。
まぁ、溜め息もつきたくなるってば。
うん。
「で?どうだった?Canzoneの歌!!」
少し驚いたのは時鶴も葉月君の秘密を
知っていた、ということだった。
蒼空君は知っているとは思ったけど、
時鶴も知ってるのは意外…とゆうか。
「私は他人の音楽には興味無いから。」
私は時鶴に言葉を返した。
私が興味を持つのはあの人の、
"彼女"が関わった音楽だけなのだから。
「……奏乃…。」
時鶴。
そんな悲しげな目で私を見ないでよ。
「………時鶴。大丈夫だから。」
私は悲しげな光を宿す時鶴の大きな瞳を
見ながらなだめるように言葉を出す。
大丈夫。
私は、大丈夫だから。
「…………うん。」
「ホントに、もう平気なんだよ。」
そう。もう大丈夫だから。
だから、そんな目をしないでよ。
思い出させるような顔、しないでよ。
《~♪~♪》
「…………私か。」
流れる重い空気を
私の携帯の着信音が壊す。
「……………奏乃っ…。」
でも時鶴には逆効果だった。
私の携帯の着信音…
その奏でたメロディは、
時鶴の表情をもっと悪化させた。
「……まだその、着メロなの?」
時鶴は今にも泣きそうだ。
何が時鶴をそこまで悲しくさせるのか、
私には完全ではないけど理解出来る。
私の着メロがそうさせているのだから。
この、3年前から
1度も変わらないメロディが。
「………私は変える気無いよ。」
素っ気なく私は言った。
メールを見よう。
今の着メロは
友達のフォルダへの受信だ。
「………はぁ。」
だから、何なのよ。
「奏乃…どうしたの?」
心配を綺麗な顔を
歪ませて表現する時鶴。
時鶴には、言って良いよね。
「『今日、
完成した曲を聴いて欲しいから
事務所に来て欲しい。
駅前のカフェで。』。」
「え?」
何が?と言わんばかりの表情。
時鶴って、色んな表情を持ってるよね。
「葉月君からだよ。」
「えぇっ!?」
可愛いと思う。
――…。
駅前のカフェってどこだよ。
私は広い駅周辺をブラブラと歩く。
あぁー…場所分かんない。
人もたくさん居るし…。
「はぁ…………帰ろうかなぁ…。」
なんて思ったり。だって分かんないし。
「ダメに決まってる。」
「ひゃぁっ…!?」
肩に何か触れた。
…………この流れは。
私は後ろを振り向く。
「…………葉月君。」
だよねぇ。こんな場所で、
私に話し掛けるのなんて
葉月君くらいだよね。
「駅前のカフェっつった。」
葉月君は若干不機嫌な様子。
どうやらカフェで待っていたらしく、
葉月君からは微かに
ブラックコーヒーの香りがした。
良いなぁ。私も飲みたい。
「ごめんなさい。
カフェの場所が分からなかったから。」
「……………携帯持ってるハズだけど?」
携帯?何で携帯……。
「…………………………………あ。」
馬鹿じゃないか、私は。
携帯持ってるなら葉月君に連絡とか
ナビとか地図とか有ったでしょうが。
「…………まぁ、合流したし。行こ。」
うおっ。
今日も私は腕を引っ張られるらしい。
「………葉月君。」
私は私の腕を引っ張りながら前を歩く
葉月君の大きな背中に呼び掛けた。
「………なに。」
素っ気なく返事を返す葉月君。
「………ううん、何でもない。」
今、私は。
何を聞こうとしたんだろう。
「そ。」
聞くのを辞めたのは…
私にとっての禁句だから?
止まっている私の時間。
いや、私が止めている私の時間。
それを揺らがせるモノだと思ったから?
………はぁ。自分の事なのに。
全然分かんない。
「完成した曲聴いてくれるだけで
良いから。」
……葉月君は、
何故そんなことを言える?
女子高生モニターなんでしょう?
感想くらい聞かないと無意味な存在だ。
でも、私は決して
他の音楽には興味を持たない。
感想なんて言うわけが無い。
……葉月君はその事を
分かっているかのように
私に音楽関係の事を全然求めない。
ただ1つ。
「聴いて欲しい。」それだけを求める。
ねぇ、葉月君さ。
一体何がしたいの?何が目的なの?
私に、何をして欲しいの?
私はね、音楽には触れたくないの。
薄々それは感じているでしょう?
なのにどうして
私と関わりを切らないの。
どうして
私に自分達の曲を聴かせたいの。
そして…何で私はこの葉月君の願いを
断ることが出来ないの。
葉月君の大きな背中が目に映る。
風になびいて、
少しシトラスの香りがする。
どこからどう見ても、葉月君だ。
"彼女"とは、全然似てない。
けど不思議。
葉月君と一緒に居るとき。
それは、"彼女"と共に過ごした時間と
凄く似た感覚を覚えるんだ。
何をされるのか分からないのに、
絶対的な安心感が有るから。
貴女もそうだったよね。
ねぇ、もう1度会いたいよ…。
もう1度顔を見たいよ…。
………………………鈴。