それから一年が経った。美冬は二一歳になっていた。美冬はこの二年間で昔よりも笑顔を見せてくれるようになった。だが、それとは裏腹に病状は悪くなっていき、一日中家に籠っていることが多くなっていった。ある検診のとき、僕は医者から残酷な宣告を受けていた。
「大変、申しづらいのですが、美冬さまはもう長くはないでしょう。」
「え・・・?そんな、美冬はもう長くはないのですか!?」
僕がそう言うと、彼は自分の無力さと悔しさを滲ませた顔で俯いた。
「おそらく、美冬さまのお命はあと半年・・・長くて一年かと・・・」
「そんな・・・」
これは、僕への罰なのだろうか。
部屋へ戻ると、美冬は窓から外を眺めていた。その汚れのない綺麗な横顔に、胸が痛んだ。
「美冬」
そう呼び掛けると美冬が振り返った。
「利久さま、お話はどうでした?」
その言葉に涙が零れそうだった。
「うん、君の容態は相変わらず回復に向かってるそうだよ」
僕は嘘をついた。美冬の悲しい顔を見たくないから。
「そう、よかったわ」
美冬は嬉しそうに笑った。
「美冬、今度どこかへ行こうか」
「ほんとうに?」
「ああ、どこがいいかな。どこか景色の綺麗な所へ行こうか」
「ええ、嬉しいわ」

それから僕と美冬はいろいろな所へでかけた。美冬には悲しい思いをさせた分だけ幸せな思い出を多く持っていてほしい。だから、なるべく美冬との時間を大切にした。しかし、美冬を襲う病魔は確実に僕から大切なものを奪おうとしていた。

いつものように離れにある書斎で仕事をしていると、書斎にある電話が鳴った。その時、何故だか僕の中で何か嫌な予感がした。
―そして、その予感は的中した・・・

電話の主は屋敷のメイド長で、美冬の容態が急変したとの知らせだった。僕は急いで本邸の美冬の部屋へと駆けつけた。扉を勢いよく開けると、そこには白い衣服に包まれた看護婦数名と、医師が一人。そして美冬の侍女たち、・・・ベッドで苦しそうに呼吸をしている愛しい人の姿・・・
「美冬っ!!」
そう僕が美冬の名を呼ぶと、美冬は手を宙にさまよわせ、僕の手を探していた。
「利久さ‥ま‥」
僕は美冬の手を強く握った。その手は冷たくて、震えていた。
「利久さま・・・ごめんなさい・・・私はいつも貴方を困らせてしまったわ・・・」
「美冬・・・僕のほうこそ悪かった・・・君を悲しませてしまった」
僕がそう言うと、美冬は微笑んだ。
「貴方は・・・私の希望だった・・・幼い頃から体が弱くて・・・自由なんてなくて、毎・・・日が・・・退屈で『私はこのまま死ぬのを待つだけなのだろう』そう・・・思って・・・いた矢先に貴方と出会った・・・貴方は・・・私・・・とまったく違っ・・・て光・・・のような存在だったの・・・そ・・・から私は貴・・・方の為に毎日死の時が訪れるのを待つのではなくて毎日『生きたい』そう願えた・・・願うことができたの・・・」
美冬は涙を流しながら微笑んだ。僕は今までこんなにきれいに涙を流す人を見たことがなかった。
「でも私・・・利久様・・・と愛し合えて嬉しかった・・・愛してます・・・利久さま・・・もうだめみたい・・・」
「美冬・・・?美冬っ!美冬!!」
・・・美冬は目を静かに閉じた。
もう何度呼んでも彼女は戻ってこないと頭では理解しているはずなのにまだどかでかすかな希望が残っている。
「美冬・・・っ、美冬・・・」
何度握っても彼女はいつもみたいに握り返してくれない。それがとても虚しかった。彼女の手の暖かさ、匂い、声、そしてあのきれいな笑みをもう見ることができない。それがとても悲しかった。ー