ー3年後ー
いつものように、鈴子の家へ行き、そして美冬の屋敷へ向かった。美冬の部屋へ入ると、美冬がいつものように本を読んでいた。だがしかし、いつも美冬が纏っている穏やかな優しい雰囲気は、いつもとは少し違っていた。
「どうした、美冬?体の具合でも悪いのかい?」
美冬は僕の方を見ると、いつもの優しい笑顔とは違う、少し悲しみを帯びた笑みを見せた。
「いいえ、なんでもないの」
それからいつも通り美冬といろいろな話をして、夜になり、帰ろうとしたとき、美冬は何か言いたげに僕をじっと見つめてきた。それから、少し俯いて、小さな声でぼそりと言った。
「ねえ・・・利久さま、今夜は帰らないで・・・」
「え・・・?」
やはり、様子がおかしいと思った。いつもと違い、終始上の空だった。
そして、美冬も僕の袖口の端を引っ張って引きとめていることに我に帰ったのか、慌てて手を離し、
「いいえ・・・なんでもないです」
そう言うと、彼女はまた口を閉ざしてしまった。少し無理に微笑んだ彼女の瞳は確かに憂いを帯びているようだった。なぜ、彼女はこんなにも悲しげな表情をしているのだろうと疑問に思った。
「美冬、一体どうしたんだ?」
僕は彼女の異変に堪えきれなくなり、彼女に問いた。
「なんでもないんです・・・なんでも・・・」
「・・・何か話したいことがあるんだろう?」
少しの沈黙のあと、美冬の瞳から涙が流れた。
「ごめんなさい・・・」
彼女は僕に背を向け、肩を震わせ、泣いていた。
「美冬・・・?」
「どうしたんだ、美冬?」
この時、僕は彼女の泣いている意味がよくわからなかった。僕は彼女を自分の方に向かせると、抱きしめていた。彼女は、僕に縋った。僕に縋り白い指先が、体が、酷く震えていた。それを止めてあげたくて、僕は美冬の目尻から指でそっと涙を掬い取った。
「美冬、泣いている訳を聞かせてほしい」
「これを・・・」
そう言って、彼女が着物の懐から取り出したのは一枚の手紙らしき物だった。
「これは・・・?」
「貴方が帰った後、床を見たら、なにか落ちていて、見てみると女性から貴方宛の手紙でした。その時、貴方にはもう一人私以外にも愛する人がいるということがわかりました・・・っ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の体温が一瞬にして青ざめていった。
「だから貴方に失望しようと思った・・・」
「美冬・・・」
「だけど、貴方を愛する気持ちは、どうしても消すことができないの・・・っ」
美冬はこんなにも苦しんでいたのだと思うと、いたたまれなくなった。
「すまなかった・・・君にも、鈴子にも、悲しい思いをさせてしまった。」
「私は構わない・・・けれど、あの子には悲しい思いをさせないで・・・」
優しい美冬。自分よりも相手を優先させてしまう。だからいつも美冬は悲しい思いしかしたことがない。だからこそ、美冬は僕に必要で、僕は美冬に必要とされている。彼女をもうこれ以上悲しませたくないと思った。
この時、僕は鈴子と離れる決心をした。