由美香は、小さな違和感に気がついた。
「猫の声?」

たしかに、みゃーだのにゃーだのと聞こえる。
この屋敷には猫なんて…

はた、と由美香の動きは止まる。
心当たりがあった。
たった今朝に拾われて来た猫に。

「あのバカ、デビに見つかったらどうすんのよ!!!」
デビ。
この集団の中でも皆から一線おかれる存在。彼はエンバーマー。エンバーミングの天才とまで表では言われている。
どんなにマグロと化した死体でも、彼の腕があればたちまち綺麗に繋げてしまう。

デビは特殊で、唯一表と呼ばれる世界で働いている。
ぐちゃどろ死体の身元操作やなんかで警察から仕事をもらう事もしばしば。

でも、かなりの変わり者で有名。
エンバーミングの勉強をしていた頃、連続殺人犯、ジャックザリッパーの名を語った殺人犯に最愛の妹をばらばらにされ殺される。 彼は家族たちの静止を振り切って妹をかき集めて組み立てた。

相当な集中のせいか、部屋から出てきたデビは一日で白髪になったらしい。
妹は美しく再現され、そのまま棺桶に入れられた。


だが、デビの心はにどと元には戻らない。妹、マリーを最高の死体と称え、
今もなお美しい死体を求めているともっぱらのら噂である。

この集団にぞくしているのも、実は死体めあてに、ちがいないのだ。

聞けば妹、マリーの髪はハニーブラウン、年は8。
コニーがもし見つかったら。
「びっくりするほど予想通りになりそうね」
由美香が勢いよくばんっ!と扉を開けると、
ちょうど部屋の前に小さな塊。

「コニー、あんた一人なの?」
「にゃ、にゃ…ぜ、た」
雪駄?瀬田…せ…
…ゼータ?

そういえば、今日は依頼があるだかなんだかって。
「あんのバカ男……」
置いてくことないじゃないのおいていく事!
大方、一人で起きたコニーは一日でガラリと変わった生活の中で、ゼータだけが不変の存在だ。
そのゼータがいなかったら、混乱もする。
泣きはしないが、不安そうな蜂蜜色が由美香を見つけて少しだけ安心する。
コニーは人を覚えるのが早い。
今まで使われなかった脳みそが急速に外の情報を吸い取っている。

昨日の昼間は動物だった。
人間はじめました、そんな状態。

慌てたのか、思ったよりつよく由美香の服を握りしめて、
どこ?あの、くろいひと、どこ?
とでもいうように、にゃあにゃあと言う。
「ちょっと来なさい。部屋の外は案外危ないのよ」

コニーを部屋に入れて、温めるだけのコーンスープを鍋に入れる。
きっとろくに食べてないから、目が覚めたんだろう。
「多分まだ帰って来ないわよ、あいつどっちかってーと、後処理に時間かけるから」
なにを言っているかまではわからずとも、まだゼータが帰らないことは理解したのだろう、しょぼーん、と効果音がつくくらいおちこむ。

「こっちきなさい」

由美香が手を招くと、寄ってきた。
「食べなさい」
スプーンですくって、口元に持っていく。
それを不思議そうにふんふんと嗅ぐと、え?これ、どうするの?と言うように由美香を見つめた。
あっちゃー。こんな物も食べたことないか。一体なにを食べてたんだろう。
「ほら、あーん」
指で口を開けさせて、そこにスープを少しだけ入れる。コニーはそれをしばらくもぐもぐ口の中でしていたが、食べ物である事を理解したのだろう。
差し出したスプーンを躊躇いなく飲み下す。

うん、固形物も受け付けるようだ。
本来ならばゼータがやらなくてはいけない確認作業を、由美香の世話焼きな性格がうまく利用されてしまっている。

無事、エサ(ご飯)を与え終わると、また眠くなってきたのかうとうとしだすコニー。
「部屋にもどんなさい、おくってあげるわ」
すっとコニーを抱き上げると、デビに見つからないようにそっと部屋をぬける。面倒ごとは嫌いなのだ。
屋敷のなかでも、奥の方。
ドアがあきっぱなしの部屋から、ゼータがつけて行ったちいさなベットランプの明かりが見える。

ベットにコニーを寝かせ、
その寝顔を何と無く見る。

………あたしにも、子供がいたらこのくらいだろうか。
いや、それならもっと…
そこまで思考を進めたところで由美香は苦笑した。

「………今更すぎるわね」
そう、今更だ。
刺青の入った左肩を反対の手でだき、由美香は部屋を出ていった。


ゆらり、とベットランプが揺れていた。