帰ってきた頃には、もう春の空気はつめたく冷え切り、
屋敷には明るい光が灯っていた。
がちゃりとエントランスにはいると、明るいオレンジの髪が自分を待っていた。
「おかえりゼータ、こないだの件だけどさぁ…、あ、もしかしてそれがコニー?」
中性的な顔をしているのは、このアジトに棲む同業者、ケイである。
少しパンキッシュで、ピアスが耳にはびっしりだ。つり目で、深いグリーンの瞳をしている。まだ若い。

「由美香から聞いたよ、可愛くてとびっきり変態に拾われちゃった可哀想な子だって。」
ゼータの足元で、コートにもつれて良く見えないうすい黄色のワンピースを抱き上げた。
「にゃあ?」
あれ?このひとだれだろ?

今日はもう、新しいひとにたくさんあったのだ。
黒いこの人と、長い髪の人、真っ赤な髪のひとに、なんだか布をまいたひと(エプロンである)
コニーの頭はもうぱんぱんだ。

ダメだ、もう眠い。
それに、このひとなんだか良い匂いだ。

「あや?寝ちゃったかも」
抱きあげて観察しているうちに、うとうとと蜂蜜色の瞳は揺れて、ついに寝息をたててしまった。

「ずいぶん可愛いの拾ってきたね、なんかに使うの?」
「使わん。一度拾ったものは俺のだ。」
「なるほどね…」
丸々と小さくなっていく身体をゼータに渡して、ケイは手をふる。
「あのさ、前の一緒にやったやつ、あるだろ?あれ生き残りがいたんだ、瀕死だったけどな。
同盟ファミリーが血眼で殺し屋探ししてるよ。」
「………めんどくさい、」
「仕方ねーだろ、生きてたんだから」
だから気をつけなよ、きっとなんかしてくるぜー。

そういってケイは屋敷をでていった。
これから、仕事らしい。
この屋敷に居るやつは、実際に人をやるやつ、裏の情報をあやつるやつ、爆弾魔、死体を繋ぐのが好きな変態、と、さまざまな形で死とかかわる奴が多い。

表向きは、貿易の仕事をしている会社である。
ゼータは山ほどの紙袋とコニーを器用にもって、自分の部屋へと向かった。


ばたん。
ふと見ると、ふるふると細かく震えるコニー。
「そうか、肉がないから」
俺にはちょうど良くてもこいつは寒いらしい。
買ってきた服の中からもこもこした寝巻きを取り出して着替えさせる。
浮き出るあばら。
「お菓子を多めに与えて見るか。」
自分のベットに入れて、コニーがローザから貰い受けたテディベアをとなりに。
ふむ、と頷いて満足げにゼータは微笑んだ。
幸せそうではないか。

そして自分は、黒いコートを羽織る。

「女、カティーナ、発展都市のセントラル地区病院勤務…」
ぶつぶつ、と呟きながら革手袋を装着する。
「金髪、つり目、それと…」

すぅ、と目を細める。





空気が冷える。
カティーナは、夜道を歩いていた。
「さっむ…」
お財布くんにこの間買ってもらった真っ白な派手なマフラーを取り出して首に巻いた。
お財布くん、最近しつこいわね…
結婚とか、付き合うとか…財布のくせに。

そんなことを考えていると、カティーナの肩を誰かが叩く。
「え?」
カティーナの意識はそこで途絶えた。

死神を、見た気がした。
黒い、黒い死神を。



「クリスティンか。」
「…はい、」
とある路地裏で、ゼータは男と静かに密会していた。
「カティーナは」「ここだ」
とさっ、と、案外丁寧にゼータは先ほど気絶させた女、カティーナを下ろす。
ずたぶくろには穴が空いていて、小さな寝息が聞こえる。そのふくろを開けた男は、
感嘆ともとれるため息をついてああ、カティーナ、と呟く。

男の名前はクリスティン。
カティーナにお財布くん、と呼ばれていた男である。
「ありがとう、契約通りだ。傷ひとつない」
契約金だ、そういってクリスティンは小さめのアタッシュケースをよこした。
「確かに。」
「半信半疑だった。まさか殺し屋がこのご時世いるなんて」
「いるさ、このご時世だからこそ。」

さてと、とクリスティンは微笑む。

「彼女と逝くことにするよ」
「そうか、そうだな、そういう契約だ。」

クリスティンの契約は以上。
カティーナを拉致すること。
傷ひとつつけてはならない。
カティーナとクリスティンを同時に殺すこと。カティーナを苦しめてはならない。

「カティーナと、僕は会うのが遅すぎた。生まれ変わって、彼女が穢れる前に今度は出会う。」

クリスティンは、カティーナが自分を財布扱いしていることを知っていた。
だが、彼の愛は大きすぎた。

カティーナをうらめなかった。
カティーナを愛していた。

だから、一緒にしぬのだ。
カティーナをあいしているから、そうするのだ。

ゼータは、それぞれのこめかみに銃を両手で構える。
つよく、つよくクリスティンはカティーナを抱きしめた。
その顔は、愛しさではちきれそうな顔をしている。


「さよなら、殺し屋烏のエースさん。
金はかかるがあなたでよかった。」


だって、あなたは、


ぱあん、






最後の言葉は聞けなかったな。
かなりの威力のものを真近に打ったため、そこらじゅうにむっとした香りが立ち込める。
ざああああ…と、思い出したみたいに雨が降り出した。

爆発した二人の頭。

微笑む男



ゼータは、天を仰ぐ。

「…傘を、忘れた」