ざわざわ。
今日も騒がしいマダム.リリアの服屋は、年頃の娘や、親子で溢れている。
子供服からメンズ服まで、こだわりの洋風店だ。
だが、なんだか異常なざわつきようである。

店員であるローザはその赤髪のなかでも、本当に真っ赤な特徴のある髪をさっとまとめると、店内の隅に、騒ぎのもとを見つけた。

「あら、教授じゃないの?」
混んでいる時間にくるなんて目面しい、それに…
ローザは、その男のかたわらの小さなものを認識すると、目にも止まらぬ早さで店の定員スペースに引きずりふこみ、自分の工房に閉じ込めた。



閉じ込めた男は、面倒くさそうにローザに向かって話しかけた。
「ローザ、なんなんだ。」
「なんだも糞もないわよ!ゼータ叔父様!」
めんどくさげに怒鳴られて居るのは、コニーを小脇に抱えたゼータである。
そう、正真正銘、ゼータはローザの叔父様であるのだ。
後ろ暗い職についたゼータは、勿論家族全員に物怖じもせずに、おれはヒットマンになる、だから、
家族はこれでやめだ。
といいのこし、18で闇夜に消えた。

あいつは、変だ。呪われてる。
そういわれて来たゼータは、あっさりと死んだ事にされて、家族から捨てられた。
だが、それでも諦めなかったのがゼータの歳の離れた姉、リリアである。
リリアはゼータに食らいつき、そんな暮らしは辞めろ、私の服屋を手伝えと言ったのだが、ゼータは聞かない。
もうダメかと思った頃、
質の良いスーツを、全部黒で作ってくれという注文がはいった。
リリアはそれを作り、料金を払いに来た男を見て驚愕した。

それは、なんだか異常なほど人相が悪い弟だったからである。
そして、弟は服の何倍もの札束を置いて、こう言った。

「姉さん、俺はもう戻れはしない。俺は縫い物だってなんだってでき無いんだよ。 姉さんの弟にも戻れはしない。俺は俺なりに家族を愛してるんだ。

姉さん、俺を人間でいさせてくれたのは姉さんだ。
だから幸せになってくれよ、
結婚するんだろ、 この金は姉さんの為に受けた依頼の金なんだ。

じゃあね、姉さん。
服が合わなくなったらまた来るよ。
そのとき、俺は弟じゃない。
またね、マダムリリア。」

リリアはゼータをまっとうな道に戻す事を諦めた。
自分は、服屋としてあの子を見ていようと決めたのだ。

10も歳のはなれた弟の背中を、リリアは見送ったのだった。


そして、生まれたのがローザだ。
ローザが14の時、店の手伝いをして居ると、夕暮れごろ、ふらりと黒づくめの男がはいって来た。
まっすぐに店員であるローザに向かって来る。
…今では笑い話だが、ローザは本当に泣きそうだった。
だって、なんだか、紅い夕陽を背に浴びた死神のように見えたのだ。
そして、死神、ゼータはぽつりと喋る。

「マダム、リリアは」
「ま、ママは今寝てるわ。具合悪いの。お客さまご用事?」
「いや、良いんだ。マダムは体がわるいのか。」
「ええ、今、お薬がどこも足りないんですって。だからとっても高くってー、あ、ごめんなさい!ご用事は」
「いいんだ。そこのコートを貰おう」
男は、一番高いレースと毛皮を使ったコートを指差した。
この死神、お金持ちなのかしら?
ローザは、緊張する手でコートを箱にしまい込むと、どうぞと手渡した。

思いのほか丁寧にそれを受け取ると、男は、財布を丸ごと投げて渡した。
「足りるはずだ」
え、とローザがあっけに取られてるうちにさっと男は消えてしまった。
あわてて追いかけるが、男はいない。
もしかして騙されたのかしら!?と財布を開けるとローザは別の意味で驚愕した。


確かめなくていいくらい、入りすぎている。

ますますダメだわ!
お返ししなきゃ!
リリアによって正しい教育をうけたローザは、一目散に母の元へかけた。
「ママ、ママ大変だわ!」
「どうしたのローザ!?」
辛そうな体をぱっと起こして、リリアは半分パニックになりながらわめくローザを落ち着かせた。
「大変、お名前もきけなかったわ!
黒づくめの、死神みたいな叔父さんが財布ごとよこしたの!
ママの具合は悪いのかって聞いてきて、あたしがうっかりお薬の話までしちゃったから可哀想に思ったんだわ!どうしよう、ママ」
するとリリアは、おかしくてたまらないというような顔をして言った。
「ローザ、その人はね、あなたの叔父さんよ」
「ママ、お兄さんが二人いたの?」
片方の叔父はしっている。人は良いが気の弱いママのお兄さんだ。
「ちがうわ、弟。10もはなれた弟よ」
「ママ、人違いだわ。あのひとどう見てもママより老けてた。」
「死神みたいな顔してたんでしょ?」
「うん。」
「じゃあそうだわ、ローザ、こっちに来なさい。あなたの秘密の叔父さんの話をしてあげるわ」

とっておきの秘密を話すように、ママはあたしにゼータ叔父様の話をしてくれた。
それは、悲しくて優しくて、とっても変わり者の人殺しになった叔父様のおはなし。

とっても怖いけど、
けっしてママやあたしにはなにもしないこと。
怖がらないであげて欲しいこと。


そんな叔父貴が、幼女をつれて歩いている。
真昼間に。


ローザはもう止まらない。

「叔父様、元いた所に返して来なさい!」
「だから、大勢の前で伯父と呼ぶな、と」「ちゃんと教授ってよんだわ!」
おじさまったらさみし過ぎてまさか誘拐にまで手を出すなんて、と思っていると、ゼータはゆっくりと口を開いた。


「こいつは捨てられてたんだ」
「捨てられて、は?!」
「拾ったんだよ、俺のワイルド。」

ワイルド。
ゼータはローザをそう呼ぶ。
意味はワイルドローズ、野ばらの意だ。父の真っ赤な髪を受け継いで、母の天然のパーマを受け継いだローザに、
叔父だと言ったあの日に言われたのだ。
「そうだな、確かに君は俺の姪だ。
その、目付きのちょっと良くない所とかな。お前は野ばらみたいだな、
俺の可愛いワイルドローザ。みんなの前で、叔父さんだと言ってはいけないよ、」

そういって、ローザの頭を撫でて言ったのだ。
不器用に、わらったのだ。

「とにかく、誘拐したんじゃないって事ね?」
「当たり前だ。…そうだローザ、マダムは?」
「ママは奥にいるわよ、ママ…、まちがった、店長!教授が見えてるわ!!」


あらまぁ!早いのね!

ぱっと黒い癖っ毛を揺らして現れたのは、ゼータとは対象的なくりくりした目の女性である。
「会いたかったわ、ゼータ。」
「元気だったか?マダム。」
頑なに、叔父さんはママをマダムと呼ぶ。
きっと、 美学ってやつなんだろう。

「こいつの服をかいにきたんだ。保護した。」
「あらあら、かーわいい子ねぇ!」
「にゃー?」
「にゃぁ!?この子ってば知恵おくれなの!?」
「こらローザ!」
ぺしんっ、とママはあたしの頭を叩いた。
「今から話すよ、そして教えてくれ。 この子はどうすればレディになれる。」

そして、語られたこの、コニーという人形のような子供の話。
それは、悲しい話だった。
いつの間にかじわりと鼻の奥が熱くなる。ママも、複雑な顔をしていた。

多分、12くらいだと思う。
そう言われても、あたしが12の時よりずっとずっと小さくて細っこい。
この子、よく泣かずに叔父にだかれているなと思ったのだが、違う。
もっと、痛い目にあってきたんだ。
叔父の顔なんか、怖いうちに入らないんだ。
もっともっと、辛かったんだ…

さっき、びっくりしたとはいえ、知恵おくれなんて言ってしまった事を今更ながらに後悔した。
だって、コニーはその蜂蜜色のまん丸の瞳で、物珍しそうに私を見つめている。
ねぇ、どうしたの?
そんな顔であたしを、あんまり綺麗にみつめるから。
手を伸ばす。
「握手よ、 仲良くしたい人には、握手するの」
「?」
「コニー、握手だ。レディはそこが一番大事だ。」
コニーを床におろして、右手を叔父が伸ばさせる。
その折れそうな手をきゅっとにぎって、軽くふる。
「あなたは、私のいもうとよ、コニー」
なにを言っているかは理解できていない。
だが、やさしい笑顔につられたのか、ふにゃっと笑ってにゃあと鳴いた。

叔父は優しい人間じゃない。
歪んでいて、ひとを殺める事をなんとも思わない、
そして、自分の美学だけでこの子を拾ってきて、
なんて罪深いひと。
そして、なんて悲しいひと。
だけど、叔父はたしかに、コニーを助けたのだ。
理由がどうあれ、彼は紛れもなくコニーの恩人なのだ。

「さて、この子には何が似合うかしら!」
暗くのしかかる空気が、ぱっと切り裂かれる。
リリアが、コニーに微笑んで頭を撫でる。
「どうやら、あなたのパパはお金持ち見たいだし、好きなだけ見繕っちゃうわ!」
「マダム、あまりバカに見えるのは…」
「はいはい、派手でショッキングな色はダメなのね、わかってるわ。」
「ええ、叔父様!こんなに綺麗な瞳だもの、きっと抜けるような黄色なんてすっごく似合うわ!」
「だめだ、ワイルド。譲らん。」
「にゃぁあ~」
のんきに鳴いたコニーがオチをつけ、服選びは始まった。


ローザは、この可愛い妹に会う為に、どうやってこの叔父の服をほつれさせてやろうか思案するのだった。