銃を額に突き付けられた状況でも、
猫、 と、思われたが人間だった少女はじっとゼータを見つめるばかりだった。
「お前、ここの娘か?」
「にゃー」
「俺が言ってることはわかるか」
「みゃー」

どうやらここの主は、超弩級の変態野郎らしい。
人を飼っていたらしい。しかも、幼女。
銃を見ても驚かない所を見るに、学もない。

ただ小さな部屋の中で、"そういう"事をされていたんだろう。
哀れな、奴だ。
いっそ殺してやろうか、そうゼータが思ったとき、少女は口をひらいた


「おかえり、なひゃい、ませ。ごしゅじん、に、しゃま」
たどたどしく、教えられた言葉を繰り返す。とても、この年の子供が言うような言葉ではない。
がりがりに痩せていて、全裸の身体は所々赤く腫れている。
クマは深く、まるで乞食のようだ。

ずっと、ここに居たのか。


そこでゼータは、一つの事を思いついた。
黒板をざっと綺麗にして、そこに真四角を書いた。そこに家紋を。
だいたい、こんなもん。いつも権利書はこんなような箱にあると幾度なく権利書を盾に恐喝された依頼人が言っていた。


こいつ、多分部屋から出た事がないらしい。
ならば、権利書がここにあれば知っているんじゃなかろうか。
こいつなら、姿は見られたが生かしておいてやってもいい。殺しの事は見せないで連れ出せばいい。

うまくいくかは謎だったが、どうやら黒板のものをもってこい、
という意図は通じたようだ。
思うより元気に少女はベットの下に潜り込み、みぃ、だのにゃあ、だのとないている。

やがてそこから這い出すと、

これ?

そういうようにずいと箱を差し出す。
ゼータは中身を確認すると、にやり、とわらってくしゃりと少女のあたまを撫でる。
「よくやった、」
どうやら少女のおかげで、家を燃やす必要はなくなったようだ。
褒められた、と理解した少女はすりすりとあたまを寄せた。本当に猫のようだ。
褒美に、こいつは逃がしてやってもいい。
ゼータも鬼ではない。
ゼータにとって、殺しとは普通の職業だ。
車が好きだから、車屋になる。商売が得意だから、商売人になる。
ゼータには、殺しへの畏怖がさほどない。殺しが金になる。
才能もある。だから殺しで金を稼ぐ。簡単な事だ。

感情が欠如してるのね、あなた。

殺し屋の知り合いに、哀れんだ目で見られたのはつい最近の事だ。
そんなゼータは、快楽殺人者ではない。
少女を殺す理由など、かけらもないのだ。

この少女は口も聞かないし、なにより屋敷であったことなど知りもしない。
街中の施設に放り込めば、何も知らずに生きて行くだろう。
よし、たまにはいい事とやらをしてみよう。権利書も見つけた事だ。
自分の住む街中の施設に連れて行くくらいしたって、良いだろう。
俺は快楽殺人者ではない。紳士なのだ。

ひょいと少女を持ち上げる。
驚くほどに軽い。軽すぎる。

「にゃー?」
蜂蜜色の瞳は、無邪気に穢れなく、ゼータを見つめる。
ああ。こんな恐怖のない目で見られたのはいつぶりだろう。



うす汚れてイカくさい少女をかかえ、真っ黒で最悪な人相の男は、
誰の目にもつかずに歩いて行くのだった。