びしょ濡れのゼータが帰ったのは、コニーが眠ってからしばらくしてからだった。
すっかり雨に降られたゼータの体には、誤魔化せない血の匂いがする。
顔は険しく、いつもより眉間の皺が深い。

ぎぃ、と自分の部屋の扉を開くと、何時もとは違ってベットランプがひかっている。なんだかいつもより、暖かい気がするのは、気のせいじゃないだろう。

「みゃあぁ…」
音に気がついたのか、コニーはもそもそと身体を起こした。
そして一瞬寝ぼけたのか、ここどこ?と言うようにきょろきょろした。
入り口に立つゼータにふと気が付き、ゼータをじぃっと見つめる。

咄嗟にゼータは顔をすこしそむけた。
自分が仕事の後、どんな顔をしているか、それがどんなに恐ろしいかわかっているつもりだ。
仕事の後、姉に偶然声をかけられたとき、唯一自分を恐れない姉ですら、一瞬戸惑ったのだ。
…まるで、化け物じゃないか。

「にゃあ!」

ゼータはびっくりして顔をあげた。
だって、いまの声は、まるで…

小さな身体がぎゅっとゼータの足を抱きしめる。
はち切れんばかりの笑顔が、そこにあった。

小さな頃から呪われた子供と呼ばれ、両親に愛されなかった自分、
すぐに家を出てしまった姉、
友人とはとても呼べない、血生臭い仲間たち。
帰ってきて喜ばれた事などない。

そんな俺を、なんでこの子は怖がらない?
なんで笑う?
理解が追いつかない。

ただ、なんだか無性にむずかゆくて、違和感があって、
そしてなんだか、とても、

この子が可愛い。

コニーを抱き上げて、軽くおでこに口を当てる。
「ただいま、」
「みゃー」


コニーは嬉しかった。
よなかに起きると、自分は一人だった。ついこの間まで居た、あの部屋の様に。
あの、黒いひとはどこに行ったのだろう?
思い出せない。

あの人は、なんて言ってた?
繰り返し今日聞いた言葉を思い出す。
コニー、
これは自分を表している。
これを言うという事は、自分を呼んでいるという事だ。
ゼータ、
これは多分、黒いひとで言うところの呼び名なのだろう。
何度も聞いたのだ。
コニーは、人をあまり呼んだことがない。
孤児院に居たときはまだ言葉なんて知らなかったし、
引き取られてからは言葉を喋ると怒られた。
だから、必死に呼んだ。
だって、聞こえなきゃ意味ないのだから。
大きなドアを開けると、吸い込まれそうな闇がそこにあった。
とてとて、と歩いてはみたが、怖い。
ここ、どこ?
黒いひとは、どこ?

そんなとき、いきなり扉が空いたかとおもうと、そこには…
昼間、あったことのある顔。
そのひとに、はじめて食べたなにかあまくて美味しいものを食べさせてもらったら眠くなってきて、

次目が覚めると、黒いひとがかえってきていた。

わたしの、かみさま、


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ゼータがシャワーから帰るまで、コニーは風呂のドアから離れなかった。
もう何処にもいかないでね、とでも言う様に。
眠るときまでコニーはゼータから離れず、カルガモのように後をついて回った。

同じベットに潜り込むと、いつもより早く眠気が来る。
ああそうか、子供体温……
そんなことを考えながら、ゼータは夢に落ちて行くのだった。