まあ、死にたがりと言うほどの死にたがりではないかもしれないけど。







死にたい。


よくわからないけど、ふと思うときがある。

自分の生きてる意味がわからない。あたしが生きてることに、なんの価値があると言うのだろう。

何度、自分をこの世界から排除しようとしたか。何度もしてきたことだが回数は覚えてない。


だけど結局は失敗。死ねない。排除出来ない。

誰かに止められたわけでも、生きろと言われたわけでもない。だけど排除出来ない。


勇気が無いから。
自分が消える恐怖感よりも、消えようとする愚かさが嫌だった。

自殺って、最終的に誰かに助けを求めているようにしか思えない。


最後の最後まで自分の世界に浸ってる。誰もいない世界に取り残されたような被害妄想。

そんななかで【自分は可哀相】だと主張するように自分の生涯にエンドラインを引く。それはとても馬鹿馬鹿しい。




「……」




だからどうしても、この手で自分をなくすことが出来ない。

そんな自分に、吐き気がする。こんな自分に何度嫌気がさしただろう。






このシャーペンでだって方法さえ考えれば人一人殺せるんじゃないのか。

ならあたしだって消えることが出来る。…ああ、落ち着けあたし。今は授業中なんだから。




「だから無くなっていい命なんて無いんです。そんななかで今増えてきてる自殺に、皆はどう感じますか?」




教卓に手をつきながら教室にいる全員に語りかける教師。

自分の机に無造作に敷かれた作文用紙に視線を落とす。


再びゆるゆると視線を前に戻す。黒板には白いチョークで【命】と、たった一文字書かれていた。




「誰もが持っている生きる権利や『命』について皆はどう思いますか。それらを作文に書いてみましょう。どんなことでもいいので、自分が『命』について考えたことを書いてください」

「……」




命、か。

そんな題材が出されたからか。さっき【自殺】についてなんとなく考えたのは。

そうだったっけ。そうなんだ。納得しながらシャーペンの先から出た芯を紙に向ける。






こんなもの書いたところで、本当に【命】について己の意識全てをそこに注ぐ人間なんているのだろうか。

こんなものただの道徳意識であって、それを信じるかどうかなんて個人の自由だと思う。なのに学校という場所は、【命】についてはどれも平等なのだから…と教える。


なんなんだろう。この紙に命という題材で文を書かなくちゃいけないのは理解出来るけど、

だけどどうして、人の道徳観まで崩されなきゃならないの?




「……」




だけど此処は学校。自分は生徒で自分に【こうしなさい】と言ったのは教師。

小さな頃から教えられてきたことが間違っていないのなら、教師は生徒という身分の私より目上の人物であって、

目上の人物の言う言葉には従わなければならないということになる。


だから命は皆平等であって、この作文は書かなければいけない。それは理解しなければならないということは、

たった今、理解した。







***


「なあ友梨、俺の変わりに作文書いて」

「嫌」




夕方になると烏がカーカー鳴いてる。烏ってなんでこうも煩いんだろう。

だけどそれよりも、今はあたしの家のリビングでソファに体を預けてる男の方が、煩い。




「作文とかわけわかんねーよ。義務教育終えた高校生がやることじゃないだろ」

「高校生でも作文は書くでしょ」

「友梨はもう書いてあるんだろ。なら俺のやってよ」

「嫌だって」




なんであたしが。

作文だってほいほい文字が思い浮かんでくれるわけじゃない。

それに文を書くのは苦手だ。己の考えを文字にするのも言葉にするのも、難しいから。


だから作文だって悪戦苦闘した方。作文用紙四枚に【命】についての意見を書かなきゃいけないなんて、そんな重労働もうしたくない。




「…あたし疲れてるんだけど」

「どこが。疲れてる顔してねえよ」

「見間違いじゃないの」






「…凛なんでうちにいるの」

「いつもじゃん」

「いつもだけど」




この男の名前は凛(りん)という。

全く凛としてない。名付け親が可哀相だ。あたしが言えたことじゃないけど。




「てか彼氏なんだから良くね?俺がいなきゃ何も出来ないじゃん、友梨」

「彼氏ってほど彼氏じゃない」

「いや彼氏だろ。付き合ってるじゃん」

「……」




あたしと凛、お互いの関係を言葉にするとしたら『幼馴染み』でもあるし『恋人』でもある。

謂う所の、彼氏だけど。




「今日も帰ってこないんだろ、両親とも」

「帰ってこないんじゃない」

「素っ気ねー。寂しがり屋の友梨の為に毎日来てやってんのに」

「頼んでない。第一、家隣じゃん」

「照れ隠し」

「してないって」




あたしの家は両親とも共働きで家を空けてるのが殆どだった。

小学生のときからそうだったし、高校生にもなって今更寂しいだなんて思うわけがない。煩い凛に言い返す。