秋さんに連れてこられたのは、この辺りでも大きいビジネス街。

残業シーズンの企業なんかはちょうど帰宅ラッシュなのか、スーツ姿の人たちがひしめきあっている。

 その中でも一際大きいビルの前まで案内されたオレは、あんぐりと見つめていた。

「彼、ここで勤めているの」

 もじもじと、まるで自分のことのように嬉しそうに話している秋さん。

だけどオレは見覚えがあるこの会社名に、なんとなく嫌な予感が走る。

 他にもいろいろ話をしていたけど、ずっと黙っている隣の彼女にこっそり目をやる。

そこにはきょとんとした表情から、じわりじわりと悪魔のように顔が意地悪に変貌していく彼女。

 オレはもう一度、この大きなビルに匹敵するくらいの看板を見つめなおした。


『株式会社 イチノセ』と書かれた、銀色の看板。


 ほんのりピンク色に頬を染める秋さんが、わかるわけがない。

ここにその会社の社長令嬢がいるだなんて。


「秋さん…あのぉ…」

 意を決して声をかけた瞬間だ。

弾かれる様に瞳を輝かせた秋さんが、ビルの入り口を指差す。

「彼だわ!」

 そこには大きな自動ドアから背広姿の男性二人組。
カバンを持っているので、おそらく仕事が終わった後なのだろう。

だけどオレは目をこすって何度も見直してしまった。

 暗闇の中、設置された外灯がうっすらと彼らの顔を切り取る。


 …そんなことってあるのか?

オレの大きな不安を重ねるように、当然、隣の彼女も反応した。


「お兄ちゃん!」


 そう、その二人組の1人はよく見覚えのある匠さんの姿だった。