事務所の一本はさんだ通りには、飲み屋が軒並みを連ねている。

ちょうどこの時間が客のかき入れ時なのか、割引券を持った制服姿の店員がチラホラ見られる。

そんな中をすいすいと泳ぐようにすり抜けて、人の波が消えた細い路地に入る。


「ちょ…、秋さん、どこ行くんですかっ?」

 思わず不安になり強引に足を止めると、秋さんは丁寧に巻かれた髪の毛先を指に絡めながら唇を尖らせた。


「まずお店だよ」


「え……?」

 その答えにオレは唖然としてしまった。

だって、それって同伴っていわれるやつだろう?


 また騙されたのか……。

このお人好しの性格は本格的に直さなければ、なんて覚悟してた。


 それなのに秋さんはケラケラと笑い出した。

「ちょっと、笑い事じゃ…っ!」

 家に帰ったオレは財布の中身を見てビックリしたくらい。


 なんと、諭吉様が何名か脱走していたのだ!

恐ろしいトラップに引っかかり、またしても自らカモになろうとするヤツがあるわけがない。


 言いかけたオレにニコリと笑って遮り、両手を合わせてきた。


「ごめん、お店に忘れ物とりにきただけだから」


 そういってすぐ目の前でチカチカする『桜』という看板を指差した。

白くボンヤリとした光の中で達筆な字体でピンク色のソレは、まさしく夜のお店。


「…あ、そう……」

 ただの勘違いだとわかると、キモチも財布も一安心したのは言うまでもない。