ある街に、たいへん裕福な老人が住んでおりました。


老人は高い利息で金を貸付け、貧しい人々から容赦なく取立て、人々からは「悪魔でもあんなに冷酷じゃない」とささやかれ、恐れられていました。


ところで、老人の鼻は血のように深い紅いろをした、とても大きなルビーでできておりました。


鼻の由来は誰も知りません。しかし人々の間では、「あれは俺達からむしりとった金で悪魔につけてもらったものさ」と噂されておりました。


老人の日課は、毎日少しでもひまがあれば鼻を鏡に映し、その輝きにうっとりしながらほこりをぬぐうことでした。


しかしいつからか、そのルビーの鼻を、実際に手にとってみたい、自分の目でとくと見たい(鼻は、鏡で確かめることしかできませんもの)、どれだけの重さがあるものか確かめたい、金貨ではどれだけの値打ちがあるだろう…執拗なまでに老人を蝕む考えは、日に日に増していきました。


そしてある日、金貸し仲間と放蕩貴族のパーティーに出掛けたとき、いつものように鼻を賛美されたものです。
「あなたのような素晴らしい鼻をいただけるなら、わたしたちは財産の半分でも投げだしますね」

お忍びでいらしていた大臣やその奥方たちからも褒められて、老人はいてもたってもいられなくなりました。


(今日こそは鼻を見てやろう!なに、削ったところで医者につけてもらえばよい)


気もそぞろに帰宅するなり、老人は鏡に鼻を映し、いつもより輝きをまして血よりも深い紅いろをしたルビーを目にしました。満足そうに口をゆがめ、老人は、文箱の横から、使い慣れたナイフを取り出して、目をつむると一気に鼻をそぎました。


痛みはまったくありませんでした。
(やれやれ!やっとご対面じゃ!)
ほくそ笑みながら、床にぽろりと落ちた鼻を拾うと、これはどうしたことか!


一瞬前までルビーであったはずの鼻が、今は炭のように真っ黒になり、なんともいえぬ悪臭を放っています。吐き気を催すその代物は、確かに鼻の形をしておりました。


老人の顔は血にまみれ、鼻の穴だけが見えるみじめな恰好でした。へなへなと座り込んだ老人の耳に、朝の市場のにぎわいがむなしく聞こえてきました。


その後どんなにお金をかけても、鼻はもとに戻りませんでした。老人は、治療費で全て財産を使い果たしたということだけが、人々の噂にのぼり、やがて忘れられていきました。(終)