「はあっ! はあっ! おっと!」
少年は狭い路地裏を、ゴミ袋やらバケツをかきわけ、蹴り飛ばしながら走っていた。
まるで自分の恐怖するものから逃げているように。
チラチラと振り向きながら走っていると、ふと前を見た瞬間に魚の網のようなものが目に入った。
「くそっ!」
右足に重心をかけて左の壁に飛び、また左足に重心をかけて右の壁へと飛び移る。
網を飛び越えた後、かなり高さのある場所から下へと飛び下りた。
もうすぐ街路地に出ようとした瞬間、武装した男達が数名銃を構えて現れた。
八方塞がりの狭い路地。
少年が逃げる場所すらなかった。
ヴォン!!
「何だ!?」
「ぐああっ!!」
男達が群がっているせいで、少年からはいったい何が起こっているのかが見えないでいた。
解っているのは、バイクのエンジン音と、そのバイクのタイヤの摩擦であろうその音が聞こえてくるだけ。
少年の目の前まで来ていた男は銃を乱射したが、バイクに乗っていた人は軽々と避け、目にもとまらぬ早さで男の側まで走り、殴りつけた。
「ぐあっはっ!!」
少年の目の前で倒れて気を失い、少年はメットを被ったライダーを見上げた。
「乗りなさい!」
その声は女性のものだった。
少年は、敵味方の判断がつかなくなっていた。
首を横に振って怯えていたからだ。
少年は振り返り、逃げようとしたとき、女性は少年に叫んだ。
「所属カードを言え!」
「ク…クローバーであります!」
少年は目を見開きながら女性を見上げた。
女性は革ジャンの胸のチャックを開け、左胸に彫られたタトゥーを見せる。
「なか、ま…」
女性の形はスペードの1(エース)。
形は違ったが、確かに少年と同じ場所で造られた存在だった。
「わかったなら早く乗りな! 他の仲間の場所へ連れていってあげる!」
少年はバイクの後ろに乗り込み、彼女にしがみついた。
エンジンを思い切りふかし、逃げようとすると、また新手の軍団が現れた。
「突っ切るから、ちゃんと掴まってな!」
いきなりスピードを上げ、前輪が浮いた状態で走る。
敵の銃弾が、まるで見えているように避けて走っていく。
そのままの状態で狭い路地を抜け、武装男達を跳ね飛ばした。
「くそっ! 奴らのアジトは掴んでいるんだ! 応援部隊をセントラルシティーへ向かわせろ!!」
胸に付けた通信機で連絡を取ると、自分達も車に乗り込んでセントラルシティーへと向かった。
バイクは浮浪者達の住む街へと入り、ドラム缶が壁となっている道へと進む。
「あんた、名前は?」
「クローバーの3です!」
「カードナンバーじゃない! 名前だ!」
少年にとっては解らない言葉だった。
何せ施設ではカードナンバーが唯一の呼び名だったからだ。
「言っている言葉が理解できません。僕は認識No.クローバー3としか言えません」
少年の言葉に、呆れたため息をつきながら言う。
「まったく。あんたは組織に忠実なんだね。あたしはオーデンよ」
「え? あなたはスペードの1ではないんですか?」
「あんた人の話聞いてなかったの? 人間社会の任務につくときは、カードナンバーじゃなくて別の呼び名があったでしょ?」
「あ。今はアンドヴァリ公爵の養子として潜り込んでいます。名はテュールです」
オーデンはその名を聞いて口笛をひとつ。
「いい名前ね。戦いの神の名前じゃないの。あんたはこのままテュールの名前にしときなさい。もうカードナンバーは必要じゃなくなったから」
テュールは怪訝な顔で首を傾げた。
「どういうことですか?」
「アルフォドル組織は壊滅したのよ。どっかの優しい人が爆破したらしいわ」
「そんなバカな?! アルフォドルは、僕達戦士を産み、どの戦場でも摘要し、戦えるよう訓練された、いわば特別養成所ですよ! そこが爆破されただなんて信じられません!」
あまりの信じられない言葉に、驚きをあらわにして叫ぶと、ようやくセントラルシティーへとたどり着いた。
入口は立入禁止の網が張られている。
一つの監視カメラがバイクを捉えると、網はギィッとひとりでに開いた。
古びた工場やマンションが建ち並ぶ廃墟した街。
20年前、栄えていたはずのセントラルシティーは、テロ組織により壊滅状態まで追いやられ、今では汚染された場所として、ネズミ一匹住まないとされる場所。
だがオーデンはテュールを連れて、奥の工場へとバイクを進める。
バイクを停めると、数人の気配を感じた。
テュールは直ぐさまバイクから下り、オーデンを背にして構える。
だがオーデンは余裕な表情でバイクから下り、メットを脱いで腰に手を当てたまま立っていた。
「オーデンさん。囲まれてます。一体ここは?」
オーデンはクスッと笑いながらメットをハンドルに掛け、長い黒髪を靡かせた。
「ロキにトールにバルドル。この子は仲間だよ。銃を下ろして」
物影から出てきたのは、三人の男達。
ライフルを下ろして出てきたのは、黒髪茶眼のロキ。
右首筋にはスペードの4が見える。
ロキの反対から出て来たのは、ベレッタを両手に持った金髪蒼眼のトール。
右肩にはダイヤのキングが見える。
オーデンの正面からは、バレルを終いながら出てくる、赤髪金眼のバルドル。
左腹にはハートの5が見える。
テュールは三人を見て目を丸くしていた。
「な、なんでこんなにアースカードが? それも、こんな廃墟なんかに?」
力無くヘタリこみながら言うと、なぜこんな状況に陥っているのかを説明してくれた。
一月前、急に組織の施設が爆破され、何の任務にも就いていなかったアースカード達は、ノーナンバー達と何人かのグループに分かれ、組織からの連絡を待った。
だがその連絡もなく、途方にくれていたアースカードの一人が食料を調達に市街に入り、近場のバーから驚きの声が耳に入ってきた。
【あの監獄署からの大火事が起こってから半月ほどが経過しました。脱獄犯達はまだ全員見つかっておらず、捜査は難航しています。
脱獄犯は、万が一のときのために身体の何処かにトランプのマークが彫られており…】
「ぼっ、僕達が脱獄犯?! そんなバカなことってないですよ! 僕達は、政府の特務機関からの援助を受け、様々な動物のDNAを融合させて造られた、いわば国の財産ですよ!」
テュールの必死の叫びに、ロキはタバコを取り出し、フゥっと紫煙を吐いた。
「いや。俺達は、ある意味犯罪だったんだ」
「え?」
オーデンはバイクにもたれながら話を続けた。