「ねえ、愛情ってなんだと思う?」

「は?」

「愛情だよ、愛情」




指先でくるくるとシャーペンを回してみる。

ちらり、と窓から見えるオレンジ色に染まった校庭を一瞥してから視線を今し方自分から問い掛けた相手に戻す。


その相手は「なにが」退屈そうだった顔をさらに面倒臭がるように歪めて言った。




「辞書引けよ。俺に聞くな」

「引いたよ。【人や物に注ぐ温かな気持ち】だって」

「わかってるなら聞くなよ」




くるり、くるり。
シャーペンはまだ落ちない。




「はやく終わらせれば」

「蓮さっきから見てるだけじゃん。あたしの変わり決めてよ」






「嫌だ」

「本当、わけわかんないよ」




なにもかもが。

蓮は相変わらのずつまらなそうな顔で、あたしの机に広げられた資料を見ていた。




「…やりたいこと、まだ決まんないの?」

「…」




高校三年生。いつまでも遊んでいられるわけじゃない。

この時期に入ると担任との進路についての対談が始まる。そこで自分の進む道を決めなくちゃならないわけなんだけど、




「わかんないんだよ、あたし、どうしたいのか」




そこで、風が荒々しく吹いたかと思ったら、

ばさばさと音をたてて資料が踊るように床へ落ちていった。






「…ここも、なんにも考えないで受験したから。…あたし、どうしたらいいかわかんない」

「…」




【なんとなく】で、この高校を選んで受験した。


周りはもう、着々と来年の春に向けて準備を始めている。

春を笑顔で迎えられるように。後悔しないで迎えられるように、皆必死になってる。



例に漏れず、あたしだって必死にはなってる。きっと目前にいる蓮だって必死なんだ。


…でも掴めないんだよ。…自分の目標とか、掴めないし見えないし、考えられない。




「…どうするんだよ。明後日だろ、対談」

「…そうだけど、さ」

「……」

「…やりたいことが、ないわけじゃないけど」






俯く。

床に落ちた資料を蓮が拾い上げる。静かに私にそれらを持たせた。



中学生のときにも味わった、この孤独感。

進路に悩まされたあのときと、同じ孤独感が自分に襲い掛かる。


それが嫌で逃げるように窓の外を見遣った。

部活動に明け暮れる生徒を見ていると、すこしだけ羨ましく思った。…良いな。あんなふうに何かに夢中になれて。



ゆるゆると手元に戻ってきた大学のパンフレットに視線を戻す。



どの大学も良いと思ったし、どの大学も嫌だと思った。


でもこのままじゃいけないことはわかってる。


中学の時みたいに、【なにも考えないで】【周りに流されて】、進学を選ぶのは、いけないんだ。

それはきっと恥ずべき選択だ。それは、選んじゃいけない。






静かな教室で、蓮があたしに言った。




「…行きたいとこ。あるんだろ」

「え」

「…沙那が誰かと話してんの、聞いたんだよ」




がたんと机が鳴る。動揺して、手をぶつけてしまったらしい。

ひりひりと後からくる痛み。でも痛がってる場合じゃない。


ばっと蓮を見上げる。
そこにある瞳は、心なしかゆらりゆらりと揺れていた気がした。




「…沙那。…やりたいこと、あるだろ」

「、」

「…大学が別々になるの気にしてた?」




蓮はあくまでいつも通りにあたしに聞いてきた。


なんて答えれば良い?
首を左右に振って否定することも、上下に振って肯定することも出来なかった。






変わりに、俯いて強く唇を噛み締めた。


それを肯定したのだと判断したのか、蓮はあたしに言った。




「そんなんでどうすんだよ、この先」

「、え」




ぱっと顔を上げる。

この先なんて考えていなかったあたしに、蓮はまた言葉を落としていく。




「大学離れたって関係が終わるわけじゃない」

「…わかってるよ。…わかってる、けど」




不安は隠せないんだよ。


だって。




「…蓮、…県外の大学受けるんでしょ」