声にならない、息。

ふわりと浮き上がる、制服の襟。



…宝田、だった。



他に誰も見当たらない、自分だけしかいないのだと思っていた場所。

カバンを手に提げた宝田が、ブレーキ音に驚いて、俺を振り返っていた。


「…朝海、くん?」
「……どしたの、宝田」


…いつもは、星治と一緒に帰っているはずなのに。

おれの言葉の続きを理解したのか、驚いた表情だった宝田は、少し眉を下げて笑った。

驚いたのには、普段話さない俺が声をかけてきたからという理由も、含まれたのかもしれないけど。


宝田は、吹奏楽部だった。

一年の一学期には、部活が終わるとバスで帰っていたみたいだ。偶然見かけたことがある。

でも、星治と付き合いだしてからは、星治の自転車で一緒に帰っていた。

唯一の時だった。二人を同時に見かける、唯一の。


「…今日、部活休みだから。バスで帰ろうかなぁって」


眉を下げたまま、困ったような笑い顔のまま、宝田が言う。

宝田の右手は、バスの小銭を取り出すためか、財布を握りしめている。


淡い水色の、革財布。

空よりもずっと、澄んだ色。夏を通り越して、空気が透明な秋に近い。


なんか、ああ。宝田の色だ、と思った。

よく似合う、そこには金と銀の星のマークが二つ、縫いつけられている。