その音と、遠くで微かに聞こえる蝉の鳴き声、それしかないこの空間に、自分の鼓動が聞こえてしまうのではないかと、無意識に前を通り過ぎるものに顔を背けてしまった。

 
俺にもそれなりに部活に参加していた時があった。


中学のサッカー部では、フォワードで活躍し、成績も県内では悪くない位置にいた。

もっと強くなりたい。

あの頃はそんな事ばかり考えていた。


でも母ちゃんが女手一つで養っている俺の家では、サッカーが強い私立なんて行けるわけがなく、俺のサッカーで活躍するという思いはそこで途切れた。


県立高校であるここのサッカー部は弱小で、毎年一回戦敗退。

中学の時はサッカー部がある事すら知らなかった程だった。

でもその時の俺は、あるだけいい、サッカーができればいいと思っていた。


やりたいと思えばどこだってやれる。

俺がこの部を強くしてやると根拠のない自信があの頃はあった。
 

一応やっていますといった感じの活動と、先輩を含め今一つやる気のない部員達に苛立ちを覚えながらも、一人黙々と部活に打ち込んでいた。


何人かは俺に刺激を受け、やる気を出した奴もいた。


でも、たいして強くはならなかった。


人数が揃っていても、気持ちが同じ方向を向いていないから勝てるわけがない。 

結果大会に出るたびに惨敗。
 

サッカーが強い高校に進んだ奴らには「お前もうちの高校に来たらそれなりに活躍できたのにな」と心ない同情をされた。
 

どんなに頑張ったって一人の気持では何も変えられない。

その時思い知った。

 
それなりに強かった時のプライドが、がむしゃらに頑張る事への思いをしらけさせた。

 
あの時からなのかもしれない、物事に手ごたえを求めなくなったのは。


いや…そんなこと考えること自体、面倒くさくなっていた。

 

だけど、心の奥底は嘘をつけず小さく灯りつづけていたんだ。
 

だから、がむしゃらに前へ前へと走り続ける堺に魅かれていった。

 
規則正しい足音はテンポをおとし止まった。


呼吸を整えながら、遠くを見つめる堺の髪に汗が光って落ちた。

 

「あっ」

 

不意打ちで堺が振り向いたため、目を背けられずに見つめあってしまった。

 

鼓動が一気にテンポアップしてしまった。

 
「あっ・・・・朝・・・はやいんだな・・練習?」

 

鼓動の音を誤魔化すために、話したこともないのに自分から声をかけていた。
 

「あっ・・うん。草野くんは?」

 

なんで俺の名前知ってるんだ?やばい心臓が飛び出そうだ・・・。

 

「えっ・・・・わっ忘れ物・・・」

 

「こんな早く?きょう提出のもの?」

 

下手な理由だ・・・・そんなわけがない・

 

「あっ・・・まぁ・・・。」
 

これ以上この話を膨らませないためにも、話を変えなければ・・・。

 

「毎日・・・こんなに早くから走っているの?」
 

堺が汗を拭きながらこちらに歩いてきた。
 

「うん。誰もいないグランドを走るのが好きなんだ。自分の足音しか聞こえないこの時間が好き。」
 

火照った堺の熱を微かに感じた。


堺はベンチに座りスポーツドリンクを飲んだ。


突っ立っているのも変なので、俺も隣のベンチに座った。


遠くの山を見つめるように黙って座った。
 
 

蝉の鳴き声と、時折聞こえる犬の鳴き声だけで静かに時間が流れていった。

 
「サッカー」

 
静かな時間を乱さない囁くような声で、最初に言葉を発したのは堺だった。

 

「サッカー最近やらないんだね…草野くん」

 

現実を知り、夢を追うことを諦めてからは、部活に顔を出すのも週に数回。


そして最近は、ほとんど顔を出さなくなった。

 
「あっ・・・・・うん・・ちょっと」

 
触れられたくない部分だった。


真っ直ぐ自分の力を信じて走る堺だから・・・なおさら。


思うようにいかない現実を周りのやる気のない奴らのせいにしていた。


俺は周りも自分さえも信じてなかった。

 



「ここから見る景色好きだな」

 


堺はふ~っと息を吸い込みながらつぶやいた。


ベンチに寄り掛かるようにし、顔の向きを変えずに、少し後ろから堺の横顔を見つめた。


やっと落ち着いた胸の鼓動がキューっと音を立て締め付けられた。

 
・・・もっと近くでこの横顔をみていたい…そう思った。
 


自転車のブレーキ音や話し声が校舎を反響して聞こえ始めた。


そろそろ他の奴らが登校してくる時間だ。

 

「俺…行くわ」

 
誰かに2人っきりを見られたら堺に悪いように思え、俺から立ち上った。

 

「あっ・・・うん・・・またね」

 
「じゃっ」

右手を中途半端にあげ、校舎へ向きを変え歩いた。

 

「またね・・・・」が妙に引っかかる。