キヨさんは、脳梗塞で右半身のマヒがあり車いすを利用していたが
認知症はなかったのでとてもしっかりした人だった。
私の名前を一番に覚えてくれたおばあさんだった。
「おはよう、渡辺さん。今日はいつもより2、3分遅いんじゃないかい?」
「おはようございます、キヨさん。そうですか?今日もいい天気ですね。」
「そんなことはいいから早く新聞を読ませておくれ。」
「はい、おまたせしました。」
「今日は何日だい?」
「え〜と、二十一日じゃないですか?」
すると、新聞の日にちを確認し、しかめっ面をしながらキヨさんは言う。
「二十二日だよ。年寄りをなめちゃいけないね。」
「わかっているなら聞かないでくださいよ。もうキヨさんはいじわるなんだから。」
キヨさんはいつも何日かとか何曜日かと聞いといて、本当は知っているのだった。
そして自慢げに言う。
「この前介護保険の更新の時な、認定調査ちゅうのがあるだろ?
 私はいつも介護度をよくしてやろうと頑張っちゃうんだよ。」
介護保険には当時、介護度というものが一から五まであって、重度によって決められていた。調査に来る人が今の状況を判断し後々それを参考に決められる。
調査される本人はもちろん、誤った報告をしてはいけない。
今のありのままの状況を見てもらわなければならなかった。
それなのにキヨさんは何でも自分で出来ると言ったり体の調子がとてもいいことをアピールしてしまうのだ。
「キヨさん、あれは今の状況をそのまま見てもらわなきゃいけないんですよ。」
「だって介護度が低い方がここの毎月の料金が安くなるんだろ?嫁に気を使っているんだよ。どうせまたお荷物扱いされるけどね。」
「・・・そうなんですか?」
「ここにいる前はね。逆にボケたフリをして介護度五になったこともあるんだよ。
在宅の場合は介護度が多い方がヘルパーを使える回数が増えるって言われてさ。」
キヨさんはキヨさんなりに、次男夫婦に気を使っているのだった。
「・・・だめですよ。ボケたフリなんて。」
「だまされる方が悪いんじゃ。何人も老人見てきた人がよ、嘘を見抜けないなんてね。世も末だよ。」