奇跡とは起こりえない事が万に一つだけ起こる時に使う言葉だ。

そういう意味では、2012年終わりに起こった首都大震災で死傷者がたったの数100人で済んだのは、奇跡そのものだった。

その日、その場所には観光で訪れた人間が多数いた。

東京湾クルーズをその少年もただ楽しむはずだったのだ。

だが、そんな楽しいひと時は爆弾が爆発した時のような大きな縦揺れに一気に悪夢に変わる。

人々はただ自分可愛さに必死に逃げ惑う。

その混乱が少年と母親との手を無理矢理に引き離す。

「お母さん!、お母さん!」

どれ程叫ぼうとも周りの怒号のせいで何も聞こえない。

そうやって、押し押されするうちに少年は自分が一人ぼっちになっている事に気付く。

東京湾を見れば、そこには何か高い壁のようなもの。

少年がそれを津波だと気付くのに、数秒を要した。

ただ、絶対的な恐怖に身体が動かなくなる。
逃げなければいけないと分かっているのに、身体は全く動かない。
もう無理だと、全ての現実を否定するために少年は眼をつぶる。