『水琴ちゃん、最近どう? 忙しい?』

「いえ……今はそんなに。大学も、演奏会も落ち着いているところです」

暇だから余計に色々と考えてしまって。

こんな風に生活が荒れてしまうのかもしれないな……と思いながら痛む頭を抑え、部屋の中を見渡す。

『そう……。あのね、急で悪いんだけど、ちょっとお願いしたいことがあるのよ』

「はい、なんでしょう?」

『ウチの子どもたちに、ヴァイオリン、教えてくれないかしら』


それは思いもよらない話だった。

私が、人にヴァイオリンを教える?




数日後。

大学からの帰り道、私は閑静な高級住宅街の中にある、どこまでも続く白い塀の前を歩いていた。

隣の家からどれだけ歩いただろう。

まだ門が見えてこない。

「……ていうか、マジであの橘なの?」

隣を歩いている親友のアキちゃんが、信じられない、といった顔で聞いてくる。

ベリーショートの髪をした背の高い姉御肌な彼女は、同じ音大に通う3年生。チェリストだ。

何度か一緒に演奏をしているうちに仲良くなった。

「そう、なの。私もまだ信じられないわ」