「あんたの恋愛は、楽しいことなんてない」

ガチン、とケースを開けると、アキちゃんが使い込んでいるメイプル色の艶やかなチェロが現れた。

「過去も未来も、明るくなんかない」

壁に立てかけてあったパイプ椅子をガタガタと引きずってきて、それにどん、と座り、チェロの底からエンドピンを出して演奏する姿勢を作る。

軽く弓を引けば、ボー、と低い音が出た。

「だから……せめて、他のことで楽しみなさいよ」

怒りの表情から、徐々に落ち着いた顔に戻っていくアキちゃん。

「愚痴くらい、いつでも聞いてやるから。もう一人酒は止めな。追い込まれるだけだよ」

少しの間、音の調律をしていたアキちゃんは、私の顔を見上げて、そして猫目を優しく細めた。

「一人で泣いてないで、一緒に楽しもう。ね?」

ポロポロと溢れてしまった涙は、アキちゃんの優しい笑顔を映しながら、床へと弾けて消えた。


男勝りで、口も悪くて、怖いと思うことも多々あるアキちゃん。

でも、知ってるんだ。

彼女の奏でるチェロは、とっても、あたたかい音がすることを。