あれは高校に入学してすぐの頃。

父の会社の経営がうまくいかなくなってきたのを機に、徐々に家庭内の空気が悪化していって。

父は家にいるときは書斎に篭りきりになり、母はお小言ばかりになった。

私は反抗期で、そんな両親のいる家には帰りたくなくて。

学校でずっとヴァイオリンを弾いていることが多くなった。

そのうち音楽部で結成されたオーケストラに入って、大学部との合同練習にも参加するようになって。


そこに、いたんだ。

スラリと背が高くて、陽に透けると金色に輝く色素の薄い髪色の、優しいヴァイオリニストが。


唐沢勇人。

大学部のオーケストラのコンマスを務めていた人。

後輩の指導に熱心だった人。

私に、優しくしてくれた、人。


彼の声が好きだった。

耳に心地よい低音に、心臓がトクトク揺れた。


彼の大きな手が好きだった。

私の頭を撫でてくれる、優しくて温かな手が好きだった。


彼の音が好きだった。

甘やかに響くショパンの音色が、特に好きだった……。