1年前、父の書斎に呼ばれた。

嫌な予感しかしなかった。

仕事人間で家庭を顧みない父から呼び出されて、良いことがあった例がなかった。


その予感は当たる。

「一条グループ代表の三男と婚約が決まった」

革張りの椅子に腰掛け、私とは目を合わせないようにしながら淡々と告げる父。

「今はニューヨークにいる。向こうの準備が整い次第正式に発表する。それまでに身辺整理をしておきなさい」

会社の経営がうまくいっていないことは知っていたけれども。それが我が身に降りかかってこようとは思っていなかった私は憤る。

「そんな、急に言われても。私に何の相談もなく!」

「お前は斎賀の一人娘だ。家のために婿を貰う義務がある」

「私は家を継ぐだなんて、一言も!」

「お前が継がなくてもいい。お前の婿に継いでもらう」

父の横顔は、冷淡だった。

「あちらはお前にヴァイオリンを続けさせてくれると言っている。お前にとってこれ以上の条件はないだろう。……ヴァイオリンなど、何の役にも立ちはしないというのにな」