「今日は『ヴォカリーズ』の仕上げをしましょう。一通りやったら、次に進みましょうか」

和音くんの目に耐えられなくて、一端彼から視線を外す。

ピアノの譜面台に『ヴォカリーズ』の楽譜を広げながら、まだ見られているだろうかと、髪を耳にかけながらチラリと視線を上げる。


──うっ、見られてる。


また視線があってしまい、とりあえず笑みを浮かべた。

変に思われていないかしら。でも彼の中では何事も起きていないのだもの。私さえ気にしなければいいのよ……。


落ち着かない心臓を押さえながら伴奏をし、和音くんと一緒に『ヴォカリーズ』を奏でる。

そうして彼の音を聴いて、少し首を傾げた。

和音くんらしくない、単純なミスの連発……。

おかしい。

花音ちゃんも拓斗くんも休みの間に成長してきたのに。まさか和音くんが練習をサボるわけもないし……。