書斎を出ると、廊下に厳しい面持ちで母が立っていた。

その脇をすり抜けようとすると、ぼそりと、声をかけられた。

「こんな家のために犠牲になることはないのに」

母の背を振り返る。

「こんな家、出て行ってしまえばいいのよ。男なんかに頼らなくたって、貴女は自立出来るでしょう」

吐き捨てるように言われる言葉は、いつものように私を突き刺してきたけれど。

じっと、その背中を眺めてみると。

記憶の中にある凛とした立ち姿とは、少し違って見えた。

「……家のためじゃないわ」

疲れの見える背中。

──母も、色々とあったのだろう。

彼女の鋭い言葉は、その通りの意味ではなかったのかもしれない。

それに気づいたからこそ、私は。

「家のためではなく、あなたたちのためです」

母の背にそれだけ伝え、廊下を歩き出した。

背中から、小さな嗚咽が聞こえ出した。