観客席は薄暗いのだけれど、案外ステージ上からはよく見えるものだ。

和音くんは今、羨望と嫉妬、そして多大なる期待の篭った視線を一身に浴びているはず。

この雰囲気に呑まれないといいけれど。

そんな心配をしたけれど、それは杞憂だった。

拓斗くんの演奏で温められたホール内が、独特の緊張感に包まれる。

けれどそこに立つ和音くんは落ち着いたものだ。

静かな深い森──。

そう、最初に出会ったときに抱いた印象を思い出す。

ヴァイオリンと弓を構え、伴奏者と一瞬だけ目を合わせて、そうして彼は深い森から眩しい蒼穹へと飛び出した。

「っ……」

鋭く、高らかに鳴り出す鐘の音に、思わず息を呑む。

ずっと彼の演奏を聴いていたのに──ここにきて更に進化したその音に衝撃を受けた。

ああ……この鐘の音は。

あの日、しあわせな2人のために鳴らされた音だ。

2人のために。

2人を祝福する人々のために。

その祝福の音が今、ここにいる私たちに届けられる。