『橘律花』という天才ヴァイオリニストと知り合いだ、というくらいの認識はあったけれど。

『橘』の人間と知り合いだなんて、考えたこともなかった。


橘家。

古来よりこのあたりの地主だというこの家は大変な資産家で、その総資産額は国家予算を遥かに凌ぐと言われている。

不動産だけでも相当の収入があるらしいけれど、橘家と言えば、私たちには『天才音楽一家』といった方が馴染みがある。

律花さんもそうだけれど、当主である橘奏一郎は世界的に有名な指揮者。

その子どもたちも幼い頃から英才教育を受け、将来のクラッシック界を背負って立つ天才児だと聞いている。

そんな子たちの『先生』に、私がなるなんて。


「いつからだっけ?」

「今度の土曜日から」

会話をしながら歩いていくと、やっと大きな門が見えてきた。

今日は下見。

橘家がどんなものか、見に来ただけ。