ほら、と柚葉さんに紙切れを渡された。
それは名刺で、『大澤玲士』と名前が書いてあった。


「あ。これ、イノリの実の父親の苗字です」

「ほらな。やっぱ探してるんだよ」

「寝ぼけてたからよく覚えてないんだけど、必死そうな感じだったかも」

アパートまで来たら加賀父に会えて終わり、と単純に考えてた部分があった。
半日くらいだろうし、いいよね、という気持ちがあった。

でも、結果は加賀父の行き先すら分かっていないままなのだ。
捜索にはもっと時間がかかってしまうだろう。
その間、大澤父はイノリを探し続けるわけで、不安な時間を過ごすことになってしまう。
こうしてここまで探しにきたことを考えれば、絶対今もどこかを探しているのだ。

義父を求めて探すイノリの行動を良しと思ったが、あたしは考えが足りない馬鹿だ。
三津と同類だ。
感動してしまったイノリの行動の陰に、不安を抱えて奔走する人間がいるかもしれないということを深く考えなかったんだ。


「オレにも見せてー。あ、すげえ、カタガキが弁護士だってー」


あたしの手から名刺をとった三津が口笛を吹いた。


「弁護士って儲かりそーだよな。話聞くだけでいちまんえーん、とかさ」

「こら、下品なこと言わない」


ぱかん、と三津の頭を柚葉さんがはたく。


「しかし、弁護士かー。何だかやっかいな職業ねー」

「です、ね」

「このままじゃみーちゃんは誘拐犯確定かー」

「アンタは黙ってろ。
美弥緒ちゃん、ここに連絡する? きちんと話せば、祈くんを風間さんに会わせてくれるかもしれないよ」

「…………」


柚葉さんの言葉に、賛同する気持ちと、否定する気持ちが交錯する。
何とも言えずに俯いた。

実の親に連絡をするのは、当たり前だ。
幼い子どもの行方が分からないのだ、不安にさせたままでいいはずがない。


でも。
これは馬鹿なあたしのわがままなんだけど。
ここまで頑張ってきたイノリを、父親経由ではなく、自分の足で加賀父に会わせてやりたい、とも思う。

イノリは大人の事情に振り回されただけだ。
父親だけが話をまとめて、それをイノリに押し付けたんだ。
イノリだって、自分の意思を押し通してもいいんじゃないの、なんて、第三者の勝手な言い分だろうか。


「みーちゃん、未成年だよな。高校生?」


いきなりの三津の問いに、頷いて答えた。
どういう意味で訊いたんだろう、と見れば、三津は真剣な眼差しをあたしに向けていた。


「あの、三津さん?」

「もうすぐ暗くなる。女子高生と小学一年の坊主がさ、これからどうすんの?
泊まるとことか、あんの? つーか、金持ってるの? 風間さんの居場所が分かんなかったらどうすんの?」

「ちょ、ヒジリ! アンタ言い方を」

「柚葉、黙ってろ。
みーちゃんさ、祈をここまで連れて来たからには事情通なのかと思ったけど、どうも違うよね? 風間さんについて無知だったもんな。サヤカさんの名前すら、初耳っぽかったし。
祈と知り合ったのって、最近だろ。オレのカンだと、今日。違う?」