「柘植は、いい」

「なに? じゃあオレはミャオって呼んだら悪いの?」


くすくすと笑う穂積に、大澤が再び椅子を蹴った。
ざわざわしていた教室内が、しん、と静まり返る。
怒った様子の大澤に、穂積が笑顔を引っ込めた。涼やかな目元が、すう、と細くなる。

またもや居眠りしていた森じいが、「なんだなんだ」と素っ頓狂な声をあげた。


「悪い。お前は呼ぶな」

「なんで?」


あたしを挟んで、二人の男が向かい合っている。

なんだ、これ。

意味わからん。
呼び名なんてなんでもよくない? 化け猫でも猫娘でも享受してやってんだよ、あたしは。
つーか、あたしの呼び方問題が、なんであたしを蚊帳の外にして勃発してんだ。


あー……、あれ? あれか?
大澤は爽やか人気者の穂積にコンプレックス的なものを常々感じており、いつか喧嘩売ったるぜこんちくしょう、みたいな心境で。
喧嘩の種を探していたら、あら、いい感じでいちゃもんつけられそうなネタ発見! みたいな。



……んなわけ、ねえ。

椅子に座ったあたしの頭上で向かい合う二人の顔を、交互に見比べる。
ううん、どっち見てもいい男だわ。絶景絶景、と。

そんなんは置いておいて。


「ね、ねえ? 何してんの、あんたたち」

「オレはよくわかんないんだけど、大澤が喧嘩売ってるみたいだね?」


うわ、穂積ってそんなどす黒い笑顔浮かべられるの!?
ひんやりした笑みを向けられて、思わずのけぞってしまう。


「お、大澤? あんたは何キレてんの?」

「オマエこそ、何呼ばせてんの?」


ええええええー。
何であたしがキレ口調で言われちゃうの。
あたしのせい? あたしのせいなわけ?


「呼ばせてんの、って、あたしがどう呼ばせようが勝手なんじゃん? あんたも好きに呼んだらいいんだし」


睨まれても簡単に怯むあたしではない。
孝三(父)の顔はすげえ怖いんだぞ。もちろん、その父親であるじいちゃんもな。
確実に鳴沢様に成敗される側なんだぜ。
そんなコワモテ男たちに、幼少のころから慣れ親しんでいるのだ。
綺麗な顔にすごまれたところで、いいもん見たわー、くらいにしか思わぬわ。

ふん、と胸を張ると、イノリは苦々しい顔つきで大きく舌打ちした。


「……オマエ、俺の知ってるミャオじゃねえ」

「いやいや。だからー、あたしがあんたを知ったのは入学式からですって」


またそこに話を戻すわけ?
いい加減飽き飽きですー。
ふう、とため息をつくと、穂積がいつもの柔らかい笑い声を零した。


「ああ、そうなんだ。なるほど、嫉妬なんだね? 好きなんだ」

「なにそ」


れ意味わかんない、と鼻で笑おうとした、その時。