前にお母さんに話を聞いたら、お姉ちゃんは、向こうの最新の化学療法を受けているため、だんだんとよくは具合はよくなったらしい。



でも、骨髄がなければ、命は助からないらしい。



なにもできない、無力な自分がなさけなくて仕方がない。



私は今できる、最大限の演技をするだけだ。



それしかない。




そして、高校2年生の春から撮影がはじまった。



私は、おばさんの家でお世話になりながら、学校に復学した。



撮影はとってもハードスケジュールで大変だった。



だから、学校を休むことが多くなった。



学校の勉強にも、ついていかなきゃいけないのに……。



お姉ちゃんとは、2日1回、メールのやりとりをしていた。



そんな毎日をおくっていた。