「そう、帰ってしまうのね。淋しくなるわ。」
残念そうに微笑む守麗王はゆっくりと玉座から立ち上がった。
「お世話になりました。」
リュナの言葉にあわせてカルサも頭を下げる。
王の傍には沙更陣と、そして後から現れたジンロが位置していた。
二人とも優しい表情でカルサとリュナを見ている。
リュナの服の中にはジンロから貰った首飾りが提げてあるのを彼は気付いていた。
「ここは貴方達の帰る場所。いつでも戻ってきなさい、部屋もあのままにしておきます。」
「ありがとうございます、守麗王様。」
再びリュナの言葉にあわせてカルサは頷いた。
片膝つき、俯いたまま誰とも目を合わせようとはしない。
その様子に何となく違和感を覚えるもリュナは気に止めない様子で守麗王に微笑んだ。
目の前にいる彼女は美しい。
その優しく大きく包んでくれそうな雰囲気に心が温かくなるようだ。
「気を付けて帰りなさい。カルサ・トルナス、リュナ・ウィルサ。」
「は。有難う御座います。」
カルサは頭を下げ答えた。
それにリュナも続く。
立ち上がると二人は部屋の外で待機していたラファルを連れて宮殿を後にした。
「綺麗な場所だったな。」
名残惜しそうに辺りの景色を見ながらリュナは歩いていく。
時にラファルとはしゃぎ、カルサに話しかけた。
「シードゥルサとまた違った雰囲気は新鮮だったね、カルサ。」
「…新鮮、か。」
そう呟いて歩き続ける。
暫く歩いた後、カルサは思い出したかのようにリュナに語りだした。
もう宮殿が一望できるほどの距離が出来ている。
「太古の因縁、くだらない争いがあったといったよな。」
「え…?…ええ。」
唐突な話に戸惑いながらも、リュナは相づちをうつ。
カルサの表情が冷たくなっていくのが分かり、リュナは不安になった。
何がくるのだろう、リュナの中に緊張が走る。
「元凶になった人物は神官の一人、玲蘭華(りょうらんか)という女性だった。そう話したな。」
「ええ…。」
リュナの答えを聞くとカルサは屈んで傍にある草を手に取った。
そして辺りを見回す。
その目に映るのはのどかな風景だ。
「覚えている…草の匂い、風の柔らかさ、水の冷たさも。」
消えそうな声でそう呟いた。
誰に言うつもりはない、自分への会話。
しかしリュナにもラファルにもその声は届いていた。
「リュナ。あまり知られてはいないが、この総本山にはちゃんと名前があるんだ。」
「本当?そういえば総本山っておかしいものね。ここっていつからあるのかしら?」
リュナの疑問にカルサは微笑んだ。
確かに太古の国の神官の末裔が御劔なら、その総本山はいつ出来たのか。
そして誰が作ったのか。
よくよく考えれば不思議なことばかりなのかもしれない。
「答えは簡単だ。」
カルサはリュナの前に立った。
リュナはまっすぐカルサを見つめている。
「覚えている、この地の波動を。」
目を閉じて囁いた言葉、そしてカルサは目を開けて黄金の瞳でリュナを見つめた。
「この国の名前はオフカルス。かつて太古の王国が栄えた場所だ。」
リュナの瞳が大きく開く。
驚きを隠せはしなかった。
「太古の国は…滅びたんじゃ…。」
リュナの言葉にカルサは首を横に振る。
憂いを帯びた金色の瞳が揺れた。
「このオフカルスを治める者を太古から守麗王と呼び、それは現代にも続いている。現王の名は…玲蘭華。」
「玲蘭華…?」
どこかで聞いた名前に反応する。
リュナがそれを理解すると同時にカルサから次の言葉が告げられた。
「全ての元凶である玲蘭華。彼女がそうだ。」
リュナは反射的に手で口を覆った。
動揺する瞳はカルサを求めている。
「玲蘭華、ジンロ、沙更陣。あいつらは古の民、太古の因縁にまつわるもの。ここは全ての元凶がある、まさに総本山なんだよ。」
遠く離れつつある宮殿をカルサは見つめた。
かつて自分達が暮らしていた場所、そこに全てがある。
リュナは今聞かされた真実を受け入れることに必死だった。
衝撃が大きすぎる。
しかし今までのカルサの様子から、納得できるものもあった。
王と目を合わせようともしない。
ふいに見せる冷たい表情と懐かしむ表情。
彼はどんな気持ちで過ごしてきたのだろう。
この場所に来る意味をリュナは深く思い知った。
そして今からはそれを共に受け入れて感じていくのだ。
一歩踏み出す。
何も言わずカルサに近付き抱きしめた。
彼の鼓動が伝わってくる。
足元にはラファルが身体を寄せてきた。
安心できる空間。
幸せだと言えた空気が常に傍にあることをずっと知っていて欲しい、感じていて欲しい。
それを与え続けるのが自分の大きな役割だとリュナは決意した。
「帰りましょう、シードゥルサへ。みんな待ってる。」
「そうだな。」
居るべき場所はここではない。
帰るべき場所が確かにあって、帰りを待つ人たちもいる。
太古の時代はもう過ぎているのだ。
「帰ろうか。」
そして二人はラファルを連れて歩きだした。
もう宮殿を振り返ることはない。
まだあそこへは帰らないと、口には出さずに二人は歩き続けた。
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御劔 光の風 <奪われた象徴>
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▼カルサ・トルナス
シードゥルサ国の若き王、雷神の力を受け継ぐ。太古の国オフカルスの皇子でもあり、身体を捨て魂を未来に飛ばし今を生きている。古の民。
▽リュナ・ウィルサ
風神の力を受け継ぐ。幼い頃にカルサに救われずっと慕ってきた。カルサの役に立ちたくて城に入る。一途でまっすぐ。
▼貴未(たかみ)
特殊部隊(通称:直轄)所属の異国カリオから来た青年。空間を越える力を持っているが何故か故郷に帰ることは出来ない。世界の全てと繋がる「界の扉」と唯一シンクロ出来る人物。
▼千羅(せんら)
地神の力を受け継ぐ。太古の国の皇子であるカルサにつく側近、その為に裏で活動し滅多に表に顔を出さない。まだ見付からない火の力を探している。
▼ナータック
国王カルサの側近。御劔のことをいくつか知らされている数少ない人物。
▼サルスパペルト・ヴィッジ
秘書官でカルサの従兄でもある。年上だからか、口煩くカルサの面倒を見ようとする癖が抜けない。カルサのよき理解者。
▽レプリカ
リュナの衛兵。幼い頃からリュナと姉妹のように育ってきた姉的存在でもある。風の力をもつ。
▽ナル・ドゥイル
長く城に仕えるシードゥルサ国の国付占い師。カルサの名付け親でもあり、カルサにまつわるほぼ全てを把握している。
▼ハワード
ナルと同時期に城に入った老大臣。誰に対しても厳しく、カルサと対立することも少なくない。
▽瑛琳(えいりん)
水神の力を受け継ぐ。太古の国の皇子であるカルサにつく側近、千羅と共に陰で動いている。
▽フレイク
女官長。ナル、ハワードと同時期に城に入った古株組の一人。温和で兵士たちの母親的存在。
▼黒大寺聖(こくだいじひじり)
特殊部隊の隊長。ヒの国出身、結界士でもある。水のように酒を飲む大酒豪。
▽黒大寺紅(こくだいじこう)
特殊部隊所属、ナルの警護を担当している。聖の双子の妹で、同じく結界士。
▽玲蘭華(りょうらんか)
御劔たちを治める守麗王(しゅれいおう)。太古の因縁を引き起こした人物。太古の国オフカルスを御劔の総本山と変えて統治している。
▼ジンロ
守麗王の側近。太古の因縁に関わり、カルサをずっと見守ってきた。ラファルの育ての親、古の民。
▼沙更陣(さざらじん)
守麗王の側近。太古の因縁に関わっている、古の民。
▼ラファル
聖なる黄金獣。オフカルスにいた頃、カルサと共に過ごしていた。
■フェスラ
竜族の長である黒竜。太古の国の神官であったが、亜空間に閉じ込められ邪竜にとり憑かれる。
□時生(ときお)
太古の国の神官。時や空間の力をもつカリオ出身の女性。
■ウレイ
太古の国の神官。神話では雷神と書かれ、墓石には最高神官と記されている。
□環明(たまきあけ)
太古の国の神官。風の力をもつ、心優しい女性。神話には雷神を慕っていたと記されている。