やめて、やめて…。
俺はその場にしゃがみこみ、耳を塞ぐ。
現実逃避するかのように。
それだけ苦しかったんだ。


「…せ、先輩どうしたんですか?なんか今日変ですよ??」



時が止まって欲しかった。
もし止まったのなら俺は沙紀を司の前から離して、自分だけの世界へと連れ出すのに。

そんなこと魔法使いでも出来るわけない。



「俺は沙紀が好きなだけだよ…」



司はこう言った。
沙紀はこの言葉を信じたはずだ。
だって沙紀の声が聞こえてこない。

俺は手を耳から離して、ゆっくりと立ち上がる。
そして顔を横に向けると、俺の心は完全に粉々になった。


そこに広がる光景。
それは司が沙紀を抱きしめて、顔を傾けて、目を閉じていた。
司と沙紀の距離はないに等しい。



目撃をしてしまった。
二人のキス現場。



《お前に沙紀は渡さない。》




なぜこんなにも苦しいのだろう。
恋って辛いものなんだ…。
力が抜けていく。
自分の存在価値が分からなくなってきた。

もう消えてしまいたい。






俺はこの日、初めて恋を知って、初めて恋で涙を流した。



自分の無力さを、切なく、そして儚いものだと気づいてしまった。



…でも俺はお前を愛してしまった…