もう誰だか分かるよ。
富田だろ?



「入れば?鍵、開いてるから」



「失礼します。歩さん、準備は出来ましたか?」


富田という人物は、背が高く、細身のスーツが似合う男だ。
《紳士》という言葉は、こいつに作られた言葉なのかもしれない。



ゆっくりと準備をする俺。
もう富田は気づいているかもな。
俺がわざとゆっくりしているということに。


着ていた寝間着を脱ぎ捨てて、学ランをだらしなく着こなす。
こんな姿を親父に見られていたら、頬を殴られるのだろうな。


そう考えていたら、いつの間にか鼻で笑っていた。


「今日から新しい学年ですね。歩さんならすぐにみんなと仲良くなれると思います」


富田の言葉を聞いた俺は、こう思った。


その言葉は何かの本に書いてあった言葉なの?


だって、全然思ってもないような言葉だから。



「富田には関係ないし。支度出来たらから車出して」



俺は学校指定のカバンを持って、錘がつけられたように重い足を引きずりながら部屋を後にした。